Category Archives: 身近なメモ

白銀の世界に生きるキツネの絵本

白銀の世界に生きるキツネの絵本

何年か前の木枯らしが吹き始めた季節のことです。書店に立ち寄ったところ絵本コーナーに「手袋にまつわる作品」が置かれているブースを見つけました。そこには動物や子供達が主人公の手袋が登場する物語が並んでいました。どれもとても可愛らしくて素敵なものばかりで、思わず何冊か手にとり読んだことを覚えています。その中でも一番私の心を揺さぶったのはキツネの親子が登場する作品でした。表紙に描かれた白銀の世界に佇むきつねの親子が美しく、またどこか儚い表情が心に焼き付いています。サラッと目を通してみたところストーリーもしっとりとしていて、思わず涙ぐみそうになりました。それから数日経ってもこの作品が頭から離れることはなく、時間が経つにつれてまるで一目惚れをしたかのように思いを募らせたことから購入することにしました。そして素敵な絵本との運命的な出会いに胸を打ったため、友人の愛娘へプレゼントすることにしたのでした。そのプレゼントは友人のおうちに遊びに行く際に手土産として持ってゆき、その場で3歳の女の子へつたない読み聴かせをおこないました。
それから数ヶ月経ったある日、その友達とランチをしていた時にプレゼントした絵本の話になりました。どうやら私と同い年の友達がとても気に入ってしまったようで、子育ての合間にその絵本を眺めることがあると言ってくれました。その話を聞いてとても嬉しくて幸せな気持ちになったことが今でも心に残っています。これからも素敵な作品との出会いがあることを胸に、これからも書店通いに精進しようと思ったのでした。

大正時代の日記から知る女性のこと

大正時代の日記から知る女性のこと

大正時代にある女性が書いた日記を読みました。それはささやかな暮らしの何気ない会話と日常を綴ったものでした。芸術を仕事とする女性とその家族が住む家でお手伝いさんをする方が書いた短い日記の中には「生きること」「愛すること」「母親になること」が凝縮されていたのでした。また文中に記された「弱い女性」という言葉がとても胸に残りました。人の強さと弱さを分かっているように思っていましたが、私はまだまだ生まれたてのヒヨコのごとく、学ぶべきことがたくさんあると感じたのでした。子育てや家庭のことで眠れない夜を過ごしていたこともあり、その言葉を発した女性は疲れていたのかもしれません。睡眠不足はイライラを誘発させ、落ち込みがちになるものです。そんな時私も自分の弱い部分や嫌なところが目についてしまい、自己嫌悪に陥ることも少なからず経験してきました。
しかしながらこの日記には、「ただ疲れているから」という理由で見過ごしてしまうようなことを深い言葉で書き留められているところにとても親近感が湧いたのでした。そして時代は変わっても生きる上での悩みや葛藤は変わらずに有り続けると感じました。社会情勢や時代背景により暮らしは変わってゆくものですが、根本的な人の心は今も昔も共通しているのかもしれません。こうしたことを改めて知る事ができたことは、とても貴重だと思っております。

創意工夫と自由を持った女は無敵です

創意工夫と自由を持った女は無敵です

一冊の本を読み終えた時に味わう、何とも格別な気分は病みつきになるものです。私は今日、女性小説家が書いた随筆を完読しました。人を愛すること、小説を書くこと、着物を楽しむことを生涯おこなってきた作家のエッセイは、生きる力と人生を謳歌することが存分に詰め込まれていました。このエッセイは着物について書かれたものです。そのため現代社会で生きる私にとって今までかなり敷居が高かった装いを、とても身近に感じることができたように思います。
正直言うと帯を買うだけで何十万もするという感覚を持っているためか、いつか着てみたいけどなかなか装う機会がないと半ば諦めておりました。この書籍を読み終えた今、そんな気持ちが少し薄らいだような気がします。なぜならばこの本の作者が、オリジナリティを持って自分の頑張れる範囲で楽しむおしゃれのたしなみを教えてくれたからです。お金をかけなくても、今手元にあるもので工夫して創意することが大切だということを知ったのでした。それは頭では分かっていてもなかなか実践できず、消費の渦に飲まれ続けていたことを改めて知りました。着物だけではなく、洋服だって創意工夫は大切です。今ある洋服を自由自在にコーディネートしてファッションを楽しむことが出来たら、生活はもっと開けてゆくように思います。こうした心意気がいつしか新しい可能性を見出してゆくのではないでしょうか。そんなことを改めて考えさせられたエッセイを読むことができたことは、私にとって宝物だと感じております。おしゃれを楽しむ創意工夫と自由さと軽やかさを胸に、明日からの暮らしが少しずついい方向に変わってゆけばいいと思っています。

卵料理あれこれ

卵料理あれこれ

卵料理。それは和洋中で用いられており、ふんわり軽やかなスクランブルエッグ、かきたま汁など、挙げたらきりがありません。
先日読んでいた料理の本には、多種多様な卵料理が載っておりました。この書籍は職業も年齢もバラバラな女性達の朝御飯について書かれた作品でした。数多くの卵焼きが登場しており、味付けは家庭により異なっていました。しょうゆやみそやだしを使ったもの、お砂糖を入れた甘いものまで、その家庭ならではの味付けはどれも美味しそうでした。同時に幼い頃から噛みしめてきた母の味を代々受け継いてゆくことを知り、感慨深さを感じたのでした。
さて、私の潜在意識から消すことができない卵料理と言えば、今から十年以上前に観たミュージカル映画に登場した目玉焼きです。田舎町から都会に出てきた女の子がファッションの仕事に携わるフランス映画で、インテリアもお洋服もすべてがキュートな、まさにおしゃれ映画の代名詞と言ったところでしょうか。中でもミニのワンピースを着て、踊りながらフライパン片手に作るシーンは格別におしゃれに感じたのでした。普通の目玉焼きなのですが、可愛いおしゃれ女子が作ると、とても美しいものの見えてくるものです。あれ以来、時折無性に目玉焼きを食べたくなることがあり、お台所であの映画を思い出しながら作ることもしばしばです。そんな時、私もあんな風に素敵なインテリアに囲まれたお部屋で、フライパン片手に小唄を口ずさみたいと強い妄想に駆られるのでした。

経済を勉強しながら豊かさと幸せを考える

経済を勉強しながら豊かさと幸せを考える

ここ数年、経済やお金に関する書籍を読む頻度が増えました。年を重ねてからというもの、将来の金銭的な不安を考えることもしばしばあるため、こうした本はいい勉強になると感じています。友人達もまた私と同じような考えを持っており、お薦めの書籍を紹介いただくこともあります。昨晩観た映画は、そんな最近の私に打ってつけの作品だったように感じます。それはアメリカに住む二人のおばあさん達が国の経済に不安を抱いたことをきっかけに起こした行動を追ったドキュメンタリーでした。この映画のすごいところは彼女達の行動力だと思います。疑問や懸念していることを言葉に出し体当たりでぶつかってゆくところに好感を抱きつつ、羨望の眼差しで作品を鑑賞したのでした。「経済成長イコール消費すること」という概念を持つ人々が多い中で、「それは違う」と感じたことが大きなきっかけとなり、大学や金融街など様々なところに繰り出し意見を発してゆきます。その行動は上手く受け入れてもらえず四苦八苦しつつも、ネガティブさの微塵もなく突き進んでゆく姿に圧巻されたのでした。そしてラストに映し出された場面では、諦めずに少しずつでも前に進むことで得るものがあることを気付かせてくれました。
「経済が豊かになることが人の幸せか」と尋ねられたら「ノー」と答えるかもしれません。お金も大切ですが家族や大切な友達、共に切磋琢磨しながら支え合って生きてゆける誰かがいることが本当の心の豊かさに繋がると思うからです。この映画はアメリカ社会を学びながら、豊かさとは何かを考えるきっかけを得ることができる深みのある作品だと感じました。

インタビュー記事から知った女優の凄み

インタビュー記事から知った女優の凄み

今から数ヶ月前のこと、小説を原作にした映画を観ました。小説はまだ読んだことはなかったのですがとても面白そうな作品だったため鑑賞することにしました。悪事に手を染めた仕事をする人々のことを描いた物語でしたが、ブラックユーモアたっぷりに描かれていたので面白かったことを覚えています。何よりも主人公の女性が「罪を犯している」と分かっていながらも、頭の回転の良さや立ち持前の器用さで男性を虜にしてゆくところが魅力的でした。この職業は結婚詐欺よりもたちが悪く、老人を狙いお金を巻き上げて死に至らしめるという何とも残酷な仕事なのです。そんな生業に身を置きながらも生き生きと素敵な表情で仕事をする姿から「ヒロインはこの仕事がまさに天職なのだろう」と感じました。
鑑賞してから時間が経った昨日の晩、映画のヒロインを演じた女優のインタビュー記事を見つけました。鑑賞した作品についての記事だったため、映画のことを思い出しながら興味深く読ませていただきました。兼ねてからファンでもある女優でもあり、このインタビューに会えて本当に嬉しかったです。また記事には撮影で苦労したこと、最も山場となったシーンでのエピソードなども披露されていて、完成するまでの逸話を知ることができました。そして作品の中で魅力的かつチャーミングにすこぶる悪い人を演じることができた心のうちを明かされていたのを読んだ時に「女優はすごい」と思ったのでした。その役になり切ることで観る者の心を魅了することは、誰しもが出来ることではありません。これからも末永くこの方のファンでいようと思っております。

文語表現も歴史を示す?

文語表現も歴史を示す?

テレビで俳優さんが、出身地の方言で話しているのを聞いた時、ふと、方言で書かれた本はあるのかしら、と思いました。登場人物の話し言葉ではなく、地の文のことですよ。多くの人に理解してもらうためには、標準語的な書き言葉の方がいいから、やっぱりないのかしら。実際、口語と文語はイメージも違いますものね。喋るままを文字にしたら、読みにくいのかもしれません。
そういえば、外国語の場合は書く時と話す時の文法や言い回しに、違いがあるのでしょうか。たしかどこかの国では、年代によって省略文字が違って、日本で言う古語みたいな感じになっているものがある、というのは聞いたことがある気がしますが……なにぶん歴史にも他言語にも疎いので、詳しくはわかりません。
ただそう考えると、書籍の内容のみならず、書き方も重要な資料になるのですね。今印刷されている本も、何百年後かには歴史資料になるのかしら。それとも今は映像文化も発達しているから、それを見ればいいということで、たいして重要視されないとか……。さすがにあと何百年生きるのは無理なので知るすべはありませんが、考えるとかなり面白そうですね。子供や孫、もっと先の子孫が生きる世界は、どうなっているんでしょう。

しおりの購入はいつもの店で

しおりの購入はいつもの店で

先日、新しいしおりを買ってきました。たぶん、厚い紙に千代紙を貼りつけて、紐をつけただけと思えるシンプル設計なのですが、厚さもサイズも使い勝手がよく、とても便利なのですよ。これなら私もつくれるのではないかと思い、チャレンジしたこともあったのですけれどね……これほど美しい仕上がりにはなりませんでした。本当にこれが三枚百円でいいのかしらと思いつつ、うっかり本に挟んだまま、しまい込んでしまっても後悔しない価格なので、助かっています。
以前はブックチャームを使ったりもしていたのですよ。しかし紐だとページに挟むときに、丁寧に伸ばさなくてはいけないのが手間だと感じてしまいます。棒状になっているものだと、本に開き癖がついてしまうような気がするし……ということで、私にとってはやっぱり、古くからある硬いタイプが便利なのでした。もちろんこれは、私にとってという意味です。どんなものでも、使い勝手や好みは個人差がありますからね。
お気に入りのブックカバーとしおりを使って読書をすると、とても満たされた気持ちがするのですよ。だからこそ、私はいつものお店で慣れて品質の物を購入しています。柄だけは、新しいのがいいですね。こだわりといえば、格好いいかしら。

強制的新ジャンル開拓法

強制的新ジャンル開拓法

先日、新ジャンル開拓のため、友人と本の交換をしました。一押し……というわけではなく「これは相手が知らないだろう」という作品を選んでのことです。私のところにやってきたのは、怪奇やホラー、サスペンスなど。友人のもとへいったのは、ファンタジーや歴史もの。お互いに読まず嫌いをしていたものですね。「うわ、きてしまった……」と思ったのですが、実はこの企画、事前にルールを決めていたのです。それは「一月後に、本の感想を言いあう」というもの。要は、読まなければいけない状況を、自分達で作り出したのですね。
罰則などはありませんが、約束は守らねばなりません。私は渋々、恐ろしい表紙の漫画を手に取りました。友達は「それでもマイルドな方だよ」と言っていましたが……これは、夜にはとても読めないよ、という内容です。でも明るい中で見る分には、結構面白いと思いました。怖いだけではなく、人間の精神の本質について描かれていたからです。喜怒哀楽が、ようはその根幹なのでしょう。
自分で買うにはハードルが高いですが、案外読めるということに気付けたので、今回のトレードは私にとっては、成功だったと思いました。友人はなんて言ってくるかしら。約束の日が楽しみです。

開かれない百科事典

開かれない百科事典

かつての祖父の書斎には、古い百科事典が並んでいます。今ならばたいていのことはインターネットで調べられますから、これほど分厚く幅をとるものは、家庭には必要ないでしょうね。正直に言えば、私もそれを開いたことはありません。なにせ子供の頃は入室を禁じられていましたし、今となっては、埃の積もった本を手にするだけの勇気がないからです。
しかし祖父にとっては、宝物だったのでしょうね。「何回も引っ越しをしたけれど、あんなかさばるものをずっと持って動いていた」と祖母が言っていました。ちなみに娘である母は子供の頃、わからないことがあると、その事典を使って調べたこともあるそうです。ただ、ひとりで読むことは許されず、必ず大人の目の届く範囲で、ということが使用条件だったのだとか。落書きでもされると思っていたのかしら。それとも子供向けではないから、ひとりで内容を理解するのは無理だと思ったのかもしれません。
今、自身が愛した書斎がただの物置となっていると知ったら、祖父は悲しむだろうなあと思います。ただその物置は、親戚の子にとってはよい遊び場の様子。いつかその子らが、あの百科事典を開くときが来たりして。会ったこともないおじいちゃんの想いが、彼らに通じたら素敵だなと思います。