本棚を整理していて気がついたのですが、文庫の小説の小口って、とても揃っているものと、そうでもないところがありますよね。たぶん同じ方法で作っているのにどうしてだろうと不思議に思い、調べてみたところ。「天の部分、つまり上の部分が揃っていない物は紐のしおりがついているタイプで、後から裁断して揃えることができないから」と聞いて納得しました。たしかに揃ってないと思うものには、しおりがついていたからです。なるほど、ここを切ったら困ってしまいますものね。
本は好きで昔からたくさん読んでいますが、こういうことについては考えたことがありませんでした。文庫にハードカバーに雑誌にコミック。書籍の種類はいろいろありますから、トリビア的なものが、まだまだ隠されているかもしれませんね。いっそ、そういうネタを集めた本を出してほしいくらいです。それとも既にどこかにあるのでしょうか。
そういえば、友人が工場見学に行くのが趣味なのだそうです。見せてくれるところは結構あるんだよ、と言っていました。印刷会社の中はどうなっているんでしょう。いきなり見学場所を探すのは大変なので、まずは図書館に行って、工場の本でも探してみようと思います。
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父と娘の読書事情
知り合いに書店の娘さんがいます。遠い昔の子供の頃、毎日たくさんの本に囲まれていられて羨ましいと言ったところ「本は大っ嫌い」としかめっ面が返ってきました。小説一冊、完読したことはないそうです。どうして嫌いなのと聞いても、明確な答えは得られず。でも大人になってから教えてくれました。「だってお父さん、毎日本ばっか読んでいたんだもの」小さい彼女は相手にしてもらえなくて寂しかったのでしょうね。今聞けば、なんともかわいらしいエピソードです。
そういえば、私も昔は父の前で大騒ぎしたものでした。「そんなのばっか見てないで、どこか行こうよ」と、手の中の文庫本を奪い去ったこともあります。たくさんの漢字と小さな文字がいっぱいでいかにも難しそうだったその作品。当時流行りのサスペンス……というのを知ったのは数年後ですが、ずいぶん怒られましたね。うるさい静かにしろ、宿題でもしてろ。いやはや、父親というのも大変です。
ちなみに書店の彼女は、その後読書の虫になりました。反抗期で父親と会話をしなくなったら、どうでもよくなったとのこと。でも今はお互いいい年なので、その年代は脱しています。今は二人並んで、読書兼晩酌タイムをすごすようですよ。本当に、お父さんも大変です。
失いたくない日本の音
「さらさら」という言葉を聞いて、次に続くものはなんでしょう。私は「舞う」「流れる」を想像しました。風にのって砂が舞う様子、ゆったりとした小川を、水が流れる様子です。「さらさらの」とすれば、後ろの来るのが「髪」や「布」でも使えますね。
どれも全く違うものなのに、ひとつの単語からこんなにたくさんのものを思い浮かべることができるなんて、日本語は不思議なものです。外国の方からみると、どうやら我が国の言葉は難しいらしいですね。母国語として日常使いしている私には難易度がいまいちわかりませんが、これも文化の違いということなのでしょう。私たちが苦労して英語を学ぶのと一緒です。
私が日本文化の中でとりわけ美しいと思うのは、音を愛することです。音楽ではなく音。夏の風鈴に、秋の虫の声。風が葉を揺らし、波がさざめく。自然が生み出す美しい調べ。歌を歌えなくても楽器を演奏できなくても、耳にすることができるものばかりです。
昔はこれを、文化などと考えませんでした。でも外国の方に、それはただの雑音だよと言われて、日本独自のものだと知ったのです。夜遅くまで多くの店が営業し、日々喧騒の中で生活をしているとしても、けして失いたくはないものだと思います。
素敵なジェネレーションギャップ
インターネットを介して友達ができました。しかしそうとは言っても、私は彼女たちの本名も住んでいる場所も知りません。最近やっとお互いの年齢について話したのですが、驚きましたよ。二十代から四十代と、多岐にわたっていたからです。悩みごとの相談をし、一緒に冗談を言う間柄で、顔を合わせたことはないけれど、関係は誰もが対等でした。その中では、それこそ一回り以上も年の違う人達がいたのです。
現実社会では、どうしても同世代が集まります。その方が話題もあうし、気持ち的に楽だからです。実際の数字を知らないとしても、外見から判断もしますよね。でも相手の見えないネットだからこそ、こんなことがあるのです。広い可能性がとても素敵。もちろん、年を公開しても、関係は今まで通り。くだらないことで笑いあい、互いの愚痴を聞いたりしています。
そうそう、お互いに一番好きな本の紹介もしたんですよ。これはさすがにバラバラで、自分には縁がなかった話についても知ることができて面白かったです。ジェネレーションギャップというと良い意味には聞こえませんが、こうして刺激し合う関係もあるんですよね。リアルでの知り合い同様、彼女たちも大切にしていきたいです。
続かない読書記録
先日、有名なスポーツ選手は、ノートに記録をとっているという記事を読みました。練習で気になったことや改善点、数値的なもの等々、気付いたことをとにかく何でも、書きとめるのだそうです。それを後から見返していろいろ考えることによって、見えてくるものがあるのだとか。そこまでの信念というか、情熱ってさすがですよね。尊敬します。
かく言う私は、つけた方がいいと言われている読書記録すら、続きません。本は読むんです。でもそれをいちいちノートに書くのが、面倒なんですよね。ああ面白かった、でいいんじゃないかと思ってしまいます。もちろん知識として記憶すべきことは文字にするんですけど、そちらは直接、ページに記入しているんですよ。本が傷むと気にした時期もありましたが、今は、こうして自分の身になるならと割り切ってしまっています。
必要だとか、ためになるとか言われても、嫌になってしまうことはあるものです。私も心を入れ替えてチャレンジすれば、きっとできるのでしょう。でも、それが苦痛になって、読書が嫌いになってしまっては本末転倒ですよね。「頑張らなければいけない」「やっぱり無理するのはやめよう」と二つの気持ちの間で揺れながら、今日もページを繰っています。
それぞれの精神安定剤
先日、今までに何十回と見ているDVDを、再試聴しました。ストーリーも台詞もわかっているのに繰り返してしまうのは、たぶん安心感なんだと思います。これを再生するのは、決まってちょっと疲れているとき。「なにか良いことないかなあ」と日に何度も呟くようになったら、視聴のタイミングです。
でも、じっくり画面を見つめているわけではありません。音声を聞きながらぼんやりしていることもあるし、本を読んでいることもあります。要は、あのDVDが流れているという状況が、私を安心させるんです。
このように精神安定剤になるものは、皆さんそれぞれ持っているかと思います。親戚の赤ん坊がいつもタオルを握り締めていることも、友達が勝負の日には決まって同じハンカチをポケットに入れていることも、同じ意味合いですよね。前者はまさしく安定剤、後者は験担ぎと言えるでしょう。ちなみに、落ち込んだ時に見る本というのも決まっていたりします。それは軽い気持ちで読める四コマ漫画。登場人物たちの明るい言動が、私の悩みなど些細なものだと吹き飛ばしてくれるのです。
長い人生を生きていく中で、これらのものには、きっと何度も助けられることでしょう。ずっと大切にしていかなければ、と思いました。
夢を育む妖精の通り道
子供の頃、イギリスのファンタジー、中でも幻想的な生き物が出てくるものが好きでした。ユニコーンやドラゴン、巨人に妖精などなど。異世界のものという点では、日本でいう妖怪みたいな感じかなとは思いますが、イメージはまるで違いますよね。どこかオドロオドロシイ和のものたちと、キラキラ華やかな洋のもの。たぶん、行ったことがない海の向こうだからこその憧れも混じっていたのでしょう。しかしこれは昔の話です。今は海外ファンタジーを手にとることは、すっかり少なくなっていました。
ところが先日、面白い記事を目にしたら、また読みたくなりました。西洋では、家や木に、小さなドアを作ることがあるらしいんです。それは不思議を愛する子供たちに、夢を与えるため。形も材質も様々のそれは、妖精のドアと呼ばれているそうですよ。
この話は、私に衝撃を与えました。外国の方の発想は、なんてお茶目で、素敵なんでしょう。子供たちはそれを見て、自分よりももっと小さなものの存在を想像するんですね。いいえ、私のような大人だって、考えてしまいます。
大人は子供が成長しただけの姿。だから当時の夢を持っていたっていいと思っています。そういうわけで、ファンタジー熱、再燃しました。
布の便利な活用法
先日、たんすの奥から出てきた風呂敷を使って、本棚のカーテンを作りました。どうしても埃がたまってしまっていた場所が、これですっきり。当然中身も隠れるので、誰が来ても安心です。見られて恥ずかしい本を並べてあるわけではないですよ。ただ、どんなものを持っているのか観察されると、照れくさいというだけです。ついでに電源のライトが気になっていたプリンターにも覆いをかけたので、きっと夜、暗闇の中でも落ち着く部屋になったでしょう。
一時期、風呂敷を集めていた時期があります。一枚の布が、折り方次第で袋になるのが画期的だと思って、いろいろな大きさを揃えたんです。しばらくは買い物のときに使っていたのですが、最近はもっとコンパクトなエコバックがたくさんありますからね。そちらへ切り替えてしまいました。でも、図書館で紙芝居や大型本を借りるときは、風呂敷が便利だとは思っています。そんなわけで、特大サイズのものはきちんと引き出しにしまい直しました。
それにしても、本棚に布を一枚垂らすだけで、部屋の雰囲気ががらりと変わりますね。季節に合わせて色や柄を変えたら、楽しそうです。近場の百円均一で可愛いてぬぐいを売っていたので、それでカーテンでも作ってみましょうか。
じゃがいもに歴史あり
先日、じゃがいものグラタンを作りました。ホワイトソースは手作りです、とか言ってみたいですが、レトルトのものです。それでも美味しくて、家族にも好評でした。
さて、こんなじゃがいもですが、昔は悪魔の食べ物と言われていた、と本で読んだことがあります。切ったまま放置しておくと、黒っぽく変色するのがいけなかったみたいです。水につけておけば、色は変わらないんですけどね……というのは、今だから言えること。南米から持ち帰った未知なる野菜がそうなれば、当時の西欧人たちは、さぞ恐ろしく思ったことでしょう。
こうして、机上で学んだことと、実際の記憶が結びつくのはとても楽しいです。意識せずに見ている身近なものにも歴史あり。そんな当たり前のことに気付くまでに、私は何年かかっていたのでしょうね。愛用しているパソコンの中身に興味を持てば、コンピューターを作る仕事に、毎日来ている服からお洒落を意識すれば、服飾関係にと、人の道はいくらでも変わっていくのかもしれません。好奇心は人それぞれです。
その後残りのじゃがいもは、煮物になりました。定番料理ばかりなので、そろそろメニューを開拓したいとは思っています。レシピ本でも、見てみましょうか。
ビニールに包まれた新刊書籍
先日、遠出をしたついでに、ちょっと大きめの書店に寄ってきました。いつも行くところとは違うため、どこになにがあるかわからず、店内をうろうろ。やっと見つけたライトノベルコーナーで、新刊を買おうとしたら……。全部、ラップみたいなビニールに包まれていました。気になった初めての作家さんの、せめてあとがきだけでも目を通したかったのに、残念です。その日は冒険する気分ではなかったので、結局購入は諦めました。
商品を買い手に綺麗に届けるためには、こういうこともすべきなのかもしれません。でも私のように、ちょっとどんな感じか見てみたいという人だっていますし、見本誌みたいなものが置いてくれてあればなあ、とは思います。やっぱり、初見の作家さんの作品を、表紙のイラストと裏表紙のあらすじ、そしてレーベルに対する信頼だけで買うのは、よほど前向きな気持ちになっているときでないと、ちょっとこわいです。小説は文章ですから、文体の確認をしなければ。出版されているのだからそれなりの内容だとは思っていても、好みばかりは、どうともなりませんからね。
題名はチェックしてきましたから、近所のお店で探してみることにしましょう。ラップに包まれていませんように。