Category Archives: 小説のメモ

行動を起こすことで知る現実

行動を起こすことで知る現実

一つのテーマからなる短編小説を読んでいます。そこに登場する男女は、現状から一歩抜け出すために行動を起こします。それは旅であったり引っ越しであったり、マンションの購入など様々です。登場人物達は恋愛に悩み、他者との関係のつまずきがきっかけとなり新たな道を歩む決心をしています。決断を実行してゆく中で、人と会話をすること、気持ちを伝えることに怠っていたこと、自分の気持ちに嘘をついていたことを悟るのです。今の状況を変えたいと願いながら行動をおこし、現実から逃げていたことに気付くことで新しい人生が始まることをこの作品から知ったのでした。またどの作品もその後のことは書かれておらず、読者に想像することを与えてくれます。「言わなければよかった」「やっぱり辞めておけばよかった」と思うのかもしれませんが、ささやかな希望が込められているため、主人公達はきっと後悔せずに新たな道を歩んでいくのだろうと感じています。
思い切った行動を起こすことは容易なことではありません。そこには勇気と潔さが必要だからです。しかしながらこの小説を読んでいると誰しも多かれ少なかれ決断する必要がある場面に遭遇するものだと思いました。そのタイミングを捉えるか否かは自分次第です。もしこれから前進するきっかけがやってくるのであれば、上手に舵を取ってその波に乗りたいと思いました。

文学の新天地を切り開いてゆきたい

文学の新天地を切り開いてゆきたい

現在読んでいる書籍は、類まれ見る奇天烈な本です。あるテーマに沿って小説や随筆などを紹介しているのですが、鮮明にあらすじが記されているためその作品を読んだ気分にさせてくれるのもなかなか乙だと感じています。しかしながら奥ゆかしい物語の世界を堪能するためにも「この小説は是非手に取りたい」と思えるものは蛍光ペンでマーキングするという作業をおこなっています。電車の中でペンを片手に必死にページをめくっていると学生時代のテスト期間などを思い出すものです。そのため、あの頃こんな風に必死に勉強していればもっといい点数が取れていたかもしれないと感じてしまう私がいます。何はともあれ何事にも懸命に打ち込むことは生活を活性化することにも繋がるようで、最近では電車に乗ってペンを片手にページを開くことが楽しみになりつつあります。
兼ねてから好きな女性作家の小説なども多数紹介されており、今まで知る機会がなかった著書がたくさんあることに気付きました。また私が読んできたものとは違う世界観を表現している小説もたくさんあることを知り、これから読書の新天地を切り開くような清々しい気分を味わっております。
ちなみにこの本は文学少女のための本のようですが、かなりコアでサブカル的な要素が強いところにも好感が持てます。10代の頃にこの本で出会っていたらアンダーグラウンドな世界をもっと早く知ることが出来たのかと考えると残念でなりません。遅咲きかもしれませんが文学少女という言葉を胸に新しい文学の世界を切り開いてゆきたいと頑張っております。

言葉を体感することの面白さに触れた小説

言葉を体感することの面白さに触れた小説

「豊富な言葉で彩られた物語はなんて面白いのだろう」それは数日前から読み始めた小説が与えてくれたことです。私達が普段話している会話は当たり前のように存在しているため、面白さや奥深さに気付かずに日々の生活を送っているような気がします。でも文学に触れることで、そのありきたりなこと達を愛おしく思うこともあるのです。
この作品は鉄道を通して架空の街の繁栄と衰退を描いています。そこで暮らす人々の目線からなる街への思いが、純粋かつ愛情たっぷりに表現されているところが魅力です。また用いられる言葉達がとても斬新で、SF的な要素が組み込まれているところが面白さに拍車をかけています。
そして物語が中盤に差し掛かった頃、もう何年も前に鑑賞した演劇を思い出したのでした。演者が発するセリフがシニカルでユニークな言葉遊びからなっている芝居で、この世界で繰り広げられる絶望と希望を耳と目で体感したことは私の貴重な経験となりました。今手にしている小説もまた綴られている言葉を通して、抽象的な表現で繰り広げられる芝居を鑑賞しているような心地よい錯覚を味わっています。それは違う次元にトリップしているようで、読むというよりも体感しているというイメージがピッタリです。同時に日本語の面白さが凝縮されているところが更なるに楽しさをもたらしています。読むことで限りない世界が広がること、想像力は無限なのだと思うと生きていることの面白さを考えるきっかけにもなります。もうそろそろ読み終えてしまうことに寂しさを抱きつつも、ラストまでしっかりと作品の世界を感じていこうと意気込んでおります。

空腹と笑顔をもたらす食事のレシピ

空腹と笑顔をもたらす食事のレシピ

最近、食べ物の漫画、小説、エッセイばかり読んでいます。きっかけは、自分の料理が美味しくないのではないか、と思ったことです。たしかに慣れた味で手間暇もそれなりにかけているつもりだけど、みんな特に「美味しい」も「まずい」も言わないので、よくわからなくなったのです。要は料理にかける情熱とか、「美味しい!」という気持ちを味わいたくなったのでした。
しかしこれらの本を読むと、さすがにお腹がすきますよね……。同じ食材を使っても、これほど違うメニューが生まれるものかと関心もします。漫画は絵だから、見て「食べたい!」と思うのがわかるのですが、小説やエッセイでもよだれが出そうになるのですよ。たとえば文字で「ごはん」と書かれていてもなにも思わないかもしれません。でもそれがいかにほかほかで粘りがあり瑞々しいか、食べた人がどんな笑顔になるかが書かれているから、自分も「食べたい」となるのですよね。
ああ、私もこんな食事が作ってみたい、みんなを笑顔にしたい!と思いつつ、ページをめくっています。詳細なレシピが書かれているものもあるので、一度チャレンジしてみようかしら。そのためには、しっかり本を読み込まなくてはいけませんね。

これがあったほうが、読書はもっと楽しめる

これがあったほうが、読書はもっと楽しめる

学生が授業で使っている教科書って、一般の人も書店で買うことができるのですね。全然知りませんでした。私が突然こんなことを言いだしたのは、昔に覚えたはずのことをすっかり忘れていることに気付き、学び直したいと思ったからです。もちろんわざわざ教科書を持ち出さなければいけないことはありませんよ。でもやっぱり、基礎知識を学ぶには、学校の勉強が一番だろうと考えました。これで時代小説が、今よりずっと楽しめるようになるはずと期待しています。
そして余裕があれば、理系の勉強……生物や化学、地学なども、学んでみたいです。そうすれば昔読んで途中で挫折してしまった研究者が出てくるあの話や、星座の伝説が関わってくるあの物語も、きっと最後まで読了できるようになるでしょう。今までは、知らない単語が出てくると、そこで「これは私にはわからない」と思考停止してしまっていたんです。
学生のときは、こんなに勉強して何になるんだろうと思っていました。でもこうして大人になった今は、もっとしっかり勉強しておけばよかったと感じるのですから、厄介なものですね。読書をより楽しむための基礎知識を身につけるため、なんとか時間を作って、全体像だけでも掴んでいきたいと思います。

書店特設コーナーに感じること

書店特設コーナーに感じること

コンビニエンスストアは、店舗が違っても、中の配置は似ていますよね。たいてい雑誌は入口近く、窓際に並んでいますが、これは外から見た時に「中にお客さんがいるんだぞ」ということを示すため、というのを聞いたことがあります。だから立ち読みしていても、厳しく注意されないのかもしれませんね。
それに対して、書店の本の並べ方は、場所によってまるで違います。新刊や売り出したいものが平積みになっているのは同じと思いきや、コーナーの作り方は特色がありますよね。私がよく行く本屋では、映画やドラマになった作品の原作やノベライズを並べる映像化コーナーが大きくとられています。しかし先日訪れたところではそのような場所はなく、代わりに一番目立つコーナーで、そのお店の売上ランキングが行われていました。これは人気や新刊にもつながるものもあるでしょう。
ポップで賑やかに飾っているところもあれば、漫画コーナーなどにテレビやパソコンをおいて、アニメを流しているところもあります。声が聞こえるとついそちらを見てしまいますから、昔から見るものではありますが、これはいい案だと思います。本屋さんも、お客さんの興味をひこうと必死なのだなあと感じました。

お気に入りのしおりで楽しい読書

お気に入りのしおりで楽しい読書

この間偶然立ち寄ったお店で、素敵なしおりを見かけました。動物モチーフのものです。猫に犬、クマ、ペンギンなどなど、あまりにもかわいかったので、つい全種類買ってしまいましたよ。しおりはつい、本に挟んだままにしてしまったりするので、数が多い分にはまったく困らないのです。
それに、毎回好きな絵柄を選べるのも、とても楽しいですからね。ファンタジーなら妖精が描かれたものがいいかしら。和風ならふくろうかな。ああ、今は春だから、桜の柄が良いかもしれない、等々。本の内容は季節、その時の気分で、自由に使っています。しかし一番のお気に入りは、いつかのバザーで買った、和紙のものです。それは福祉施設の方たちの手作りなのですが、大きさも厚さも手ごろで、とても使い勝手がいいのですよ。作り方はたぶんそれほど難しくないのだけれど、私だったらここまで綺麗な出来栄えにはならないと思います。
そうだ、今度親戚の子の誕生日があるから、本にこのしおりを付けて贈ろうかしら。バザーではなくて、お店も見つけてあるのです。ちょっと遠いからあまり行かないのだけれど、誕生日のためならば、頑張れそうな気がします。ついでに自分の分も購入してきましょうね。

帯は書籍の宣伝部員

帯は書籍の宣伝部員

先日、駅構内で偶然通りがかった小さな書店で、購入予定にはなかった本を買ってしまいました。帯に書かれた言葉に惹かれたからです。あの宣伝文句って、誰が書いているのでしょうね。編集者の方かしら?それともコピーライターさん?インパクトが強すぎて、中身も見ずにレジに持って行ってしまいましたよ。
以前には、作家さんご本人は初見だったにも関わらず、帯でお勧めしている人の名前に引かれて、本を買ったこともあります。だって、大好きな漫画家さんが「面白いよ」と紹介していたら、それはつい見てしまうでしょう。そう考えると、中身ももちろん大事ですけれど、宣伝の顔とも言うべき紹介人もとても大切ですよね。
きっと、出版社さんはそこも考えて、あの宣伝をつけているのでしょう。そうでなければ、わざわざサイズの違う紙に印刷して、あのような物をくっつける意味がありません。しかもあれは、初回特典や、イベント特典みたいなものですからね。毎回あればありがたみも薄れますが、お気に入りの方の言葉が、初回に限りついていると考えれば、ほら、購入意欲が沸くでしょう。そういえばこういった帯やカバーのあるなしで、中古の買い取り価格が変わる場合もありますものね。やっぱり、大事な物ということですね。

読書も映画もほどほどに

読書も映画もほどほどに

私の友人は、会社が休みの日にまとめて映画を見るそうです。自宅近所に映画館がないという理由があるにしても、日に三本はしごするというのは、すごいと思いますね。その間ずっと座りっぱなしですから、きっと最後にはお尻の筋肉も腰も背中も、ぱきぱきになってしまうでしょう。
その話を聞いて私はふと、読書家の人は、一日に何冊くらい本を読めるのだろうか、と思いました。コミックスではなく、小説の場合です。私は小学生のころなどは、日がな一日読書をしていたけれど、三冊くらい読むと飽きてきて、結局そのままお昼寝してしまっていました。大人になった今は、二冊が限界ですね。いくら面白くても、同じことを続けるのはやっぱり大変です。
それに読了した後は、映画を見るのと同じように、身体中の筋肉が固まってしまっています。その上電子書籍を使ってしまったときには、目もちかちかするんですよ。目に優しいという意味では、紙の書籍のほうが負担にならない気がします。ただこれはあくまで、部屋の明かりの下での読書のこと。以前天気がいいからとお日様輝く外で読んだときは、その後大変でしたね。目が日焼けで、ひりひりするんです。白い紙が光を反射するからでしょうか。それ以来、本を読むのは室内で決めています。

乱雑に積んだ本こそ大事なもの

乱雑に積んだ本こそ大事なもの

いつだったか、かなり昔に「本は横にして積み上げると傷むから、やめた方がいい」と聞いたことがあります。重しの下にあるような物だから、ページがくっついてしまったり、曲がってしまったりするのですって。しかし私は、本を積み上げて書棚に詰め込んでいます。だってその方が、省スペースなんですもの。購入したらなかなか手放せないのが、書籍というもの。そうなったらあとはもう、狭いところにどれだけ入れることができるかと、どうしたって考えてしまうでしょう。
ちなみに大事なものは、ちゃんと書棚の日の当たらないところに、縦にして入れていますよ。積んでいるのは、資料として手にしたものや、手軽な文庫などです。優劣があるわけではないですが、やぱり高価なものや絶版のものは、そんな扱いはできません。
ただ、このように乱雑に置いているもののほうが、何度も読み返す作品だったりします。だからこそ横においても埃もたまらずに、書棚にあり続けるのです。あと、積読も横になっていますね。これはたんに、まだ未読だぞとわかりやすくするためです。これが崩れてくる前には、山を綺麗にしなくてはいけないという義務感をあおるためもあります。永遠にたまり続けては困りますからね。