携帯小説を侮る無かれ。リアルで心に訴えかける作品が多く、そこにははまると抜け出せない魅力がある。

読み返す楽しみ

読み返す楽しみ

皆さんは詩や短歌の授業ってどのくらいあったでしょうか?
私が小学生の時の話ですが当時、国語を担当していた先生がとても詩がお好きな方で、詩を取り扱った授業をたくさんしてくれていました。作者やその作品を紹介し解説してくれるだけでなく、実際に自分たちで詩を書いてみる授業もありました。なかなか書けないと悩んでいる生徒もいましたが、私にはそれがすごく面白く、中学生くらいまでは将来は詩を書く人になりたいと思っていました。
先日、部屋の大掃除をしていたらその頃書いていた詩集(…と言っても国語のノートにいくつか綴ったものですが)が見つかり、自分なりに挿絵なんかもつけていてちょっと小恥ずかしい気持ちもありましたが「なかなかいいじゃない」と自画自賛してしまいました(笑)昔書いていた日記を見つけて読み返すことはありますが、それとはまた違った気持ちになりますね。この気持ちをまた詩にしてそのノートに綴って、引き出しの中に大事にしまいました。10年、20年と経ってまたそれを読んだとき、「うーん 小学生のときのものの方が面白いなぁ」なんて笑ったりするのでしょうか。楽しみです。
ちなみに、ここに当時の作品を載せようかと思いましたがやはり小恥ずかしいので私だけの想い出とします(笑)

時のしおり

時のしおり

今日、読書をしていてちょっとだけ気持ちがほっこりするような出来事がありました。
ずいぶん昔に読んで本棚にしまいっぱなしだった小説。久しぶりに読み返そうとそれを本棚から取り出してソファに座って読んでいました。20ページほど読み進めているとページにしおれてしまったピンク色の花びらが1枚はさまっていました。
それを見て、この本を最初に読んだのは公園のベンチだったことお思い出しました。お天気が良くて満開の桜がとてもキレイでした。風はまだ少し冷たかったものの、その時の私はフリースのひざ掛けをして温かい缶コーヒーを飲みながら、お花見客があふれる公園でゆったりと読書を楽しんでいたのです。
偶然その時落ちてきた花びらがはさまったことに気付かず、そのまま読み進めていったのでしょう。時間が経ってそれは押し花となり、時(トキ)のしおりとなっていました。それは、あの時の情景や気持ちをきちんと覚えていて私を懐かしい時間へと案内してくれたのです。
そのしおりはそのままにしておきました。またいつかこの小説を読み返した時にあの時間へと案内してもらおうと思ったからです。もしかしたら今日のこの時間へも案内してくれるかもしれないですね。

好きなものを贈る

好きなものを贈る

もうずいぶん前の話ですがクリスマスのプレゼントに小説をもらったことがあります。
その人と友達になって最初の贈り物でした。まだ私の趣味も好きなものも知らないその人は自分の好きなものを贈ってくれたのです。誰もが聞いたことのあるような有名な作品でもなく、クリスマスに関係した作品でもなく、ただ彼が好きだと思った小説です。それを私も気に入るか・気に入らないか、送り手の彼にとっては冒険ですね。実際、私はこの本をすごく気に入ってその彼とはさらに親しくなりました。ですが、もしも私がこの本を気に入らなかったとしても「自分の好きなものを贈る」という彼の考え方だけで、より彼に好感を持ちました。このプレゼントは「自分はこういったものが好きです。あなたはどうですか?あなたもそう思ってくれれば嬉しいです。」そんなメッセージに思えたからです。
まだまだ知り合ったばかりの私に「自分のことをもっと知ってほしい」「あなたのことも知りたい」「共感したい」という彼からのお手紙をもらった気分でした。
今でもその小説は本としてもお手紙としても私の宝物です。
プレゼント選びに困ったとき、お手紙書いている気分で選ぶと良いものが見つかるかもしれません。

お風呂読書のすすめ

お風呂読書のすすめ

最近お風呂に入る時間が増えています。なぜなら、雑貨屋に行くととてもたくさんの入浴グッズが売られているからです。その中でも私が気に入っているのは、やはり入浴剤です。香りと色と楽しめて透明なお湯に入れる瞬間が好きです。入浴剤も一回分だけ販売しているため、色々な種類を選ぶことが出来ます。入浴剤を入れた浴槽で半身浴をしながら、防水プレイヤーを利用して好きな音楽をかけます。そして浴槽のふたを利用して読書を楽しみます。最初はお風呂で読書なんて本が傷みそうで嫌だったのですが、直接湯気に当てなければあまり痛むこともありません。身体を適度に温めながら落ち着く空間で読書をするととても集中して読むことが出来ます。しかし、たまにうっかりして本を落としてしまったり、長時間読んでいると汗などで湿ったりとダメージが0になるわけではありません。しかし先日、タブレット端末で小説を購入し、デジタル読書をすることを知り、早速試してみることに。タブレット端末も水に強いわけではないので、大きめのチャック付ビニール袋に入れて、浴室に持ち込むことにしました。すると、濡れた手で画面操作もできるし、なにより本を傷めずに好きな本を読むことができ、とても満足しました。今まで電子書籍はあまり気乗りがしませんでしたが、こういった活用法があったので少し見直しました。

友達の詩集出版計画

友達の詩集出版計画

もう10年来の友達がブログをやっているということをつい最近知りました。全然知らなかったんですけど、どうやら5年ほど前に初めて細々と続けているそうです。日々感じたことや思ったことなどを中心に書いているそうなんですが、見て見るとけっこう文章がしっかりしていて、ポエミーで面白いんです。
面白いなんて言ったら失礼なのかもしれないんですけど、言葉の選び方、表現の仕方が独特でその人なりの強い世界観が感じられるんですよね。だから、詩集を出してみたら?と提案してみたんです。最初は渋っていたんですが、とりあえず概算だけでもしてみようという話になり、自費出版でどのサイズで何冊作るとどのくらい金額がかかるという計算をしてみることに。さらに、その本を流通にのせたいと思ったら何が必要なのか、いくらくらいかかるのかなどを全部計算してみて、一冊あたりの原単価なんかも調べました(笑)
案外無理な値段でもないと思ったのか、最近は自費出版に乗り気なようです。でも、堅実な人なので「死ぬまでに、くらいの気持ちで目指す。一冊も売れなくてもいいように、全額耳をそろえて払えるだけ貯金できたらやる」という考えのようです。もちろん、私は出版されたら買う予定ですが、売れなくてもやってみたいって、作家さんみたい!とちょっとわくわくしたのは内緒です。

思い出の糠床

思い出の糠床

思い出の品物とはまた別で、捨てられないくらい大切だけど普段使う機会もあまり無い物ってありませんか?うちの押入れの中にはそういった物を眠らせている段ボールがひと箱あります。私はそれも宝箱と呼んでいるのですが、母曰く棺桶だそうです…。確かに、いったいいつ日の目を見るのかって物が多いんですけどね。でもたまに中をゴソゴソと物色したりして、「あ!これ持ってたんだった!今使いたい!」と思う物もあったりするんです。流行が去った後の物もあって、でも流行りってまた巡ってくるじゃないですか。そういう風にまた使える日が来る物もあるんです。あと買った当初は勿体無くて使えなかったけど、寝かせておいたらなんなく使える自分がいたり。大事に取っておいたブックカバーなんかがそうです。汚したくない!って思っていたのに、久しぶりにその存在を見たら、なんでそこまで取っておいたんだろうと思ってしまって、今では普通に使っています。その中で今私がすっごく使いたいのは昔買った電子ライター。買った当時から愛用していたんですが、ある日壊れちゃったんです。修理に出せば使えるのに、それが面倒で放置しちゃってたんですよね。この間それを思い出したので、ようやく修理に出してきました。1週間くらいで戻ってくるそうなので、今から楽しみ♪取っておいて良かったです。

通る企画書を書くコツとは

通る企画書を書くコツとは

仕事で企画書を書くことがあります。企画書の書き方を正式に勉強したことはないのですが、見本となるような企画書を見てこんな形で書くのだな、と見よう見真似ではないですが、自分流にアレンジして書いてきました。残念ながら、自分の企画が通ったことはないので、勉強の余地がまだまだあるのだろうと思っています。そしてまた、業種ごとに企画書の書き方も微妙に違って来るのではないでしょうか。
脚本家志望の友人は、テレビドラマの企画書をよく書いて、制作会社へ提出しているようです。以前、企画書を見せてもらいましたが、割と面白く読ませてもらいました。色んな条件が決められた上で、企画を考えるのだそうです。企画意図の部分では、例え素晴らしいことが書いてあっても、長々とした文章だったり、回りくどい文章などは、先方に読んでもらえないのだそうで、単的に引き込む文章を書くとのことでした。読むのは、常時忙しいプロデューサーさんなので、パッと見て読んで面白くなければ即はじかれる世界で、大変そうでした。ただ、100くらい企画書を書いてずっと通らなかったのに、ある時コツを掴んでからは、ほぼ100%企画書が通るようになった方がいると聞きました。そのコツというものを是非とも知りたいものです。

索引とともに知識を頭へ

索引とともに知識を頭へ

娯楽のためではなく知識を得るために読む本は、索引のあるものが好きです。この言葉、確かこの本で見たけれど、どこに載っていたかわからない。そんなときに便利ですものね。それがついていない本の場合は、インデックスのシールや付箋を使って作ったりもします。よく見るページは大抵決まっていますから、そこにインデックスをつけるのです。内容を覚えても文字で確認したいときもありますから、そんな場合に該当ページを一度で開くことができて助かっています。ただ索引のない本だと素敵な出会いがあったりもするんですよ。どこだっけ?と探しているときに偶然に目に入ったページに、自分が忘れていたことや思い違いをしていたことが書かれていたりもしますから。一度読んだ本なのに、ああそうだった!と驚くこともしばしばです。私はこういった本には書き込みをすることも抵抗があまりないので、だんだん自分だけの虎の巻みたいになっていきます。それがとても楽しいんですよね。学生のとき、教科書に書き込みをした気持ちに似ています。紙面に書き込みがあると他の人は読みにくいかもしれませんが……共有の本ではないので問題はないでしょう。そして本がボロボロになる頃には、知識は頭の中というわけです。

有名なはずなのに、知らない人の本

有名なはずなのに、知らない人の本

図書館で『伊豆の踊子』を借りました。それだけが載っている本は見つからなかったので、文学集の中の一冊です。普段はめったに足を向けないような、著名作家の本ばかりが並ぶ棚。そこで私は、ある本を見つけました。どうしてその本が気になったのかといえば、作者の名前を見たことがなかったからです。ほかの作家は、川端康成を始め、夏目漱石や芥川龍之介や、それこそ誰もが常識として知っているような、学生のテストに出てくるような名前ばかりが並んでいます。私が気になった作家の本も、そこに並んでいるということは有名なもののはず。でもまったく知らないんです。中を開けてみると、句読点の少ない、いかにも現代とは違った文章が書かれていました。漢字もたくさんありました。今は一文の短いものが多いですから、今の文章に慣れていると、ちょっと読みにくい感じではありました。でも私は迷わず借りました。すごく興味があったんです。有名なはずなのに、全く知らないその作家に。そして家に帰ってからちょっとだけ読んでみたら、中には注釈のついた言葉がたくさんありました。ちょっとだけ、ハードルが高い感じはしますが、心はうきうきしています。読み終わってから、この作家さんについて調べてみようと思っています。

日々の間に立ち止まってみること

日々の間に立ち止まってみること

年を重ねるとともに、一日がとても短く感じるようになりました。仕事が充実しているというのもあるでしょう。赤ちゃんなど小さな子供は、一日を長く感じているようですね。実際に様々な年齢の人たちに、何秒かできっちりストップウォッチを止める、という実験が行われたことがあるそうですが、子供は実際の時間よりも長い時点で、大人は短い時点で、ストップウォッチを止めたらしいです。今でもこんなに時間がたつのが早いのに、もっと年をとったらどうなってしまうんだろう。そんなことを考えていたときに、ある本の中に言葉を見つけました。それはとても当たり前のこと。人は明日を知ることはできないということです。だから今日を精いっぱい生きなさいということが書いてありました。今日と明日はまるきり違うものではなく、今日の続きが明日です。明日を憂える前に、今日やるべきことをやらなければいけないと、本は言っていました。たしかに、たとえ元旦を挟んで年が変わっても、何かがころっと変わることはありません。そんな当然のこともわからなくなってしまっていた私は、充実した日々の忙しさで、疲れていたのかもしれませんね。のんびりマイペースで、日々を大事に。時々足を止めてみることも、大事かもしれません。