Category Archives: 小説のメモ

空腹と笑顔をもたらす食事のレシピ

空腹と笑顔をもたらす食事のレシピ

最近、食べ物の漫画、小説、エッセイばかり読んでいます。きっかけは、自分の料理が美味しくないのではないか、と思ったことです。たしかに慣れた味で手間暇もそれなりにかけているつもりだけど、みんな特に「美味しい」も「まずい」も言わないので、よくわからなくなったのです。要は料理にかける情熱とか、「美味しい!」という気持ちを味わいたくなったのでした。
しかしこれらの本を読むと、さすがにお腹がすきますよね……。同じ食材を使っても、これほど違うメニューが生まれるものかと関心もします。漫画は絵だから、見て「食べたい!」と思うのがわかるのですが、小説やエッセイでもよだれが出そうになるのですよ。たとえば文字で「ごはん」と書かれていてもなにも思わないかもしれません。でもそれがいかにほかほかで粘りがあり瑞々しいか、食べた人がどんな笑顔になるかが書かれているから、自分も「食べたい」となるのですよね。
ああ、私もこんな食事が作ってみたい、みんなを笑顔にしたい!と思いつつ、ページをめくっています。詳細なレシピが書かれているものもあるので、一度チャレンジしてみようかしら。そのためには、しっかり本を読み込まなくてはいけませんね。

これがあったほうが、読書はもっと楽しめる

これがあったほうが、読書はもっと楽しめる

学生が授業で使っている教科書って、一般の人も書店で買うことができるのですね。全然知りませんでした。私が突然こんなことを言いだしたのは、昔に覚えたはずのことをすっかり忘れていることに気付き、学び直したいと思ったからです。もちろんわざわざ教科書を持ち出さなければいけないことはありませんよ。でもやっぱり、基礎知識を学ぶには、学校の勉強が一番だろうと考えました。これで時代小説が、今よりずっと楽しめるようになるはずと期待しています。
そして余裕があれば、理系の勉強……生物や化学、地学なども、学んでみたいです。そうすれば昔読んで途中で挫折してしまった研究者が出てくるあの話や、星座の伝説が関わってくるあの物語も、きっと最後まで読了できるようになるでしょう。今までは、知らない単語が出てくると、そこで「これは私にはわからない」と思考停止してしまっていたんです。
学生のときは、こんなに勉強して何になるんだろうと思っていました。でもこうして大人になった今は、もっとしっかり勉強しておけばよかったと感じるのですから、厄介なものですね。読書をより楽しむための基礎知識を身につけるため、なんとか時間を作って、全体像だけでも掴んでいきたいと思います。

書店特設コーナーに感じること

書店特設コーナーに感じること

コンビニエンスストアは、店舗が違っても、中の配置は似ていますよね。たいてい雑誌は入口近く、窓際に並んでいますが、これは外から見た時に「中にお客さんがいるんだぞ」ということを示すため、というのを聞いたことがあります。だから立ち読みしていても、厳しく注意されないのかもしれませんね。
それに対して、書店の本の並べ方は、場所によってまるで違います。新刊や売り出したいものが平積みになっているのは同じと思いきや、コーナーの作り方は特色がありますよね。私がよく行く本屋では、映画やドラマになった作品の原作やノベライズを並べる映像化コーナーが大きくとられています。しかし先日訪れたところではそのような場所はなく、代わりに一番目立つコーナーで、そのお店の売上ランキングが行われていました。これは人気や新刊にもつながるものもあるでしょう。
ポップで賑やかに飾っているところもあれば、漫画コーナーなどにテレビやパソコンをおいて、アニメを流しているところもあります。声が聞こえるとついそちらを見てしまいますから、昔から見るものではありますが、これはいい案だと思います。本屋さんも、お客さんの興味をひこうと必死なのだなあと感じました。

お気に入りのしおりで楽しい読書

お気に入りのしおりで楽しい読書

この間偶然立ち寄ったお店で、素敵なしおりを見かけました。動物モチーフのものです。猫に犬、クマ、ペンギンなどなど、あまりにもかわいかったので、つい全種類買ってしまいましたよ。しおりはつい、本に挟んだままにしてしまったりするので、数が多い分にはまったく困らないのです。
それに、毎回好きな絵柄を選べるのも、とても楽しいですからね。ファンタジーなら妖精が描かれたものがいいかしら。和風ならふくろうかな。ああ、今は春だから、桜の柄が良いかもしれない、等々。本の内容は季節、その時の気分で、自由に使っています。しかし一番のお気に入りは、いつかのバザーで買った、和紙のものです。それは福祉施設の方たちの手作りなのですが、大きさも厚さも手ごろで、とても使い勝手がいいのですよ。作り方はたぶんそれほど難しくないのだけれど、私だったらここまで綺麗な出来栄えにはならないと思います。
そうだ、今度親戚の子の誕生日があるから、本にこのしおりを付けて贈ろうかしら。バザーではなくて、お店も見つけてあるのです。ちょっと遠いからあまり行かないのだけれど、誕生日のためならば、頑張れそうな気がします。ついでに自分の分も購入してきましょうね。

帯は書籍の宣伝部員

帯は書籍の宣伝部員

先日、駅構内で偶然通りがかった小さな書店で、購入予定にはなかった本を買ってしまいました。帯に書かれた言葉に惹かれたからです。あの宣伝文句って、誰が書いているのでしょうね。編集者の方かしら?それともコピーライターさん?インパクトが強すぎて、中身も見ずにレジに持って行ってしまいましたよ。
以前には、作家さんご本人は初見だったにも関わらず、帯でお勧めしている人の名前に引かれて、本を買ったこともあります。だって、大好きな漫画家さんが「面白いよ」と紹介していたら、それはつい見てしまうでしょう。そう考えると、中身ももちろん大事ですけれど、宣伝の顔とも言うべき紹介人もとても大切ですよね。
きっと、出版社さんはそこも考えて、あの宣伝をつけているのでしょう。そうでなければ、わざわざサイズの違う紙に印刷して、あのような物をくっつける意味がありません。しかもあれは、初回特典や、イベント特典みたいなものですからね。毎回あればありがたみも薄れますが、お気に入りの方の言葉が、初回に限りついていると考えれば、ほら、購入意欲が沸くでしょう。そういえばこういった帯やカバーのあるなしで、中古の買い取り価格が変わる場合もありますものね。やっぱり、大事な物ということですね。

読書も映画もほどほどに

読書も映画もほどほどに

私の友人は、会社が休みの日にまとめて映画を見るそうです。自宅近所に映画館がないという理由があるにしても、日に三本はしごするというのは、すごいと思いますね。その間ずっと座りっぱなしですから、きっと最後にはお尻の筋肉も腰も背中も、ぱきぱきになってしまうでしょう。
その話を聞いて私はふと、読書家の人は、一日に何冊くらい本を読めるのだろうか、と思いました。コミックスではなく、小説の場合です。私は小学生のころなどは、日がな一日読書をしていたけれど、三冊くらい読むと飽きてきて、結局そのままお昼寝してしまっていました。大人になった今は、二冊が限界ですね。いくら面白くても、同じことを続けるのはやっぱり大変です。
それに読了した後は、映画を見るのと同じように、身体中の筋肉が固まってしまっています。その上電子書籍を使ってしまったときには、目もちかちかするんですよ。目に優しいという意味では、紙の書籍のほうが負担にならない気がします。ただこれはあくまで、部屋の明かりの下での読書のこと。以前天気がいいからとお日様輝く外で読んだときは、その後大変でしたね。目が日焼けで、ひりひりするんです。白い紙が光を反射するからでしょうか。それ以来、本を読むのは室内で決めています。

乱雑に積んだ本こそ大事なもの

乱雑に積んだ本こそ大事なもの

いつだったか、かなり昔に「本は横にして積み上げると傷むから、やめた方がいい」と聞いたことがあります。重しの下にあるような物だから、ページがくっついてしまったり、曲がってしまったりするのですって。しかし私は、本を積み上げて書棚に詰め込んでいます。だってその方が、省スペースなんですもの。購入したらなかなか手放せないのが、書籍というもの。そうなったらあとはもう、狭いところにどれだけ入れることができるかと、どうしたって考えてしまうでしょう。
ちなみに大事なものは、ちゃんと書棚の日の当たらないところに、縦にして入れていますよ。積んでいるのは、資料として手にしたものや、手軽な文庫などです。優劣があるわけではないですが、やぱり高価なものや絶版のものは、そんな扱いはできません。
ただ、このように乱雑に置いているもののほうが、何度も読み返す作品だったりします。だからこそ横においても埃もたまらずに、書棚にあり続けるのです。あと、積読も横になっていますね。これはたんに、まだ未読だぞとわかりやすくするためです。これが崩れてくる前には、山を綺麗にしなくてはいけないという義務感をあおるためもあります。永遠にたまり続けては困りますからね。

本はともに成長する兄弟

本はともに成長する兄弟

先日友達と「ライトノベルやコミックス、あるいは歴史小説は、どうしてあんなに長くシリーズが続くのか」について話し合いました。キャラが立っていて、登場人物それぞれの人生を描くから? それとも独特の世界観を語るには時間がかかるから? いいえ、人気があって、終わらせることができないのかも。意見はいくつか出ましたが、当然ながら、専門外の私たちに答えはわかりませんでした。
もしかしたら出版社と作家さんの間で、最初から「何巻までは続けましょう」という話があるのかもしれませんし「気付いたらいつの間にかこんなに壮大なストーリーになっていた」という方もあるのかもしれません。ただ話すうちにどんなジャンルにせよ、それだけ長く同じ作品を続けている作家さんは、それをライフワークとして掲げているのではないかと思いました。
お金を稼ぎ食べていくために必要だからというよりは、もちろんお金は大事だけど、ほかにも自分の楽しみを兼ねている、さらには待ち望むファンもいる、だからこそかき続けられている……この予想は大きく外れてはいないでしょう。お気に入りのライトノベルやコミックス、または歴史小説とともに、年を重ねて成長していく人も多いでしょうね。

本の仲介をする喫茶店

本の仲介をする喫茶店

この間初めて訪れた喫茶店に、壁一面の書棚がありました。中には乱雑に、文庫や漫画、写真集などが並んでいます。お店の方の趣味だと思った私は、ずいぶん興味の幅が広いなあと感心したのですが、一時間ほど店内にいるうちに、あれはお客さんが置いていくのだと気付きました。聞けば、もう読み飽きたものを自由に書棚に並べているのだそうです。
最近は読み終えた本を、古本屋に売る人も多いでしょう。そうすればたとえ額は少なくともお金になりますから、ぜひそうしたいという考えもわかります。ただこうして自分の本が循環していく流れを直接見られるのも、素晴らしいですよね。私は知らずに出掛けたので、あいにく置いていける物は持っていなかったのですが、次回はちゃんと、ここを目的地と定めてきたいと思いました。
ちなみに、置いた数と同じだけは持って帰ってもいいのですって。書籍の物々交換ですね。次行くときに、素敵なものがあるかしら。あれだけの中から選び放題だと思うと、今からウキウキしてしまいます。もちろん、店内にいる限りは、どれだけ読んでもいいのですよ。たっぷり読んで、そこから持ち帰るためのお気に入りを選ぶのが得策かなあという気がしています。

ながら読書で時間を捻出

ながら読書で時間を捻出

「最近忙しすぎて、本も読めない」と言っていた友人が、歯磨きと読書を並行させることを思いつきました。右手で歯ブラシを持ち左手で本を持つらしいのですが、これ絶対、歯磨き粉こぼれるパターンですよね? 私ならやらないなあと思いつつ、まあ器用な子だから平気かもと考えていたら、この間、案の定泣きのメールが届きました。「サイン本に歯磨き粉飛ばした」ですって。どうしてあえてそんな大事な物を読んだのでしょう。呆れつつ慰めておきました。
私はどうしても時間がない時は、料理をしながら読書をします。たとえばお湯が沸騰するまでの間、他に作るものがあればそちらを手掛けますが、カップラーメンを食べたいからお湯だけ必要という場合だってあるわけです。そんな時は、どうせコンロからも離れられないしと、目の前に立ってページをめくります。私は、冬なら火の近くで温かいし一石二鳥だと思っていたのですが、他の方はどうかしら。
やりたいことならば、いくら忙しくてもできるはず……とは言いません。でもやっぱり、やりたいことをすっぱり諦めてしまうのは寂しいですよね。だからなんとか工夫をして、自分が好きなことを続けていく努力はしていきたいと思っています。