Category Archives: 身近なメモ

美味しくて楽しいお店屋さん

美味しくて楽しいお店屋さん

先日、親戚の子と一緒に、おもちゃのお金を作りました。絵本で読んだおみせやさんごっこをするために、必要だったからです。最近はなんでも買うことができる時代ではありますが、こうした手作りも楽しいですよね。四角く切った紙に絵を描いたものはお札、丸く切って、色を塗ったものがコインです。絵柄はその子の希望によって、可愛らしいうさぎとくまなので、見ているだけでほのぼのした気持ちになりました。
絵本の中ではおもちゃを売っていたのですが、今回一緒に販売したのは、おやつのために用意されていたクッキーです。お客さん役はパパとママ。もちろん、あとでみんなで一緒に食べたのですけれどね。クッキーを焼くところの演技から始まって、販売まで行って、おみせやさんのほかに、おままごとも混ざったような遊びは、とても楽しかったです。
絵本を読む時は案外、大人視点で見ているのですが、こうして実際に遊ぶと、子供時代に戻りますね。たまにはこうして、日頃の嫌なことを忘れて、無心に取り組むのもいいなと思いました。現実逃避ではないですよ。心の休憩、リフレッシュです。今度遊びに来る時は、その子が何に興味を持っているかわからないけれど、図書館ごっことかしてみたいです。

食のエッセイは、胃痛に効果あり?

食のエッセイは、胃痛に効果あり?

最近食べ過ぎが続いているなあ、気を付けなければいけないなあと思ってはいたのですが、やっぱりやってしまいましたね……胃痛です。看護師をしている友人に相談したところ、「食べ過ぎだとわかりきっているなら、ちょっと意を休めて様子を見たら」と言われたので、おかゆとうどんが主食の日々が続いています。まだ二日目ですが、だんだんお腹がすくようになってきたので、良い兆候でしょうか。
とりあえず、気持ちだけでも食べた気になろうということで、食べ物のエッセイを読んでいます。しかも、すぐには手が伸ばせないように、外国の話です。イタリアのピッツァにパスタ、イギリスの紅茶とケーキ、フランスのパンに焼き菓子、ドイツのブルストとビール。こうして文字を並べるだけでも美味しそうですが、描写が本当に、魅力的なのですよ。
これを読むと、蕩けたチーズを載せたピッツァや、香り豊かな琥珀色の紅茶、ほかほかと湯気を上げる焼きたてのパン、肉汁零れるブルストが、目の前にあるように感じられます。そのお蔭で、早く元気にならなくてはと、俄然前向きに、節食しようという気になるのですよ。エッセイ……いいえ、文章の力ってすごいですね。もちろん、書き手さんの食への情熱も、素晴らしいと思っています。

パズル雑誌をお見舞いに

パズル雑誌をお見舞いに

先日、久々に書店をうろついてきました。いつもは欲しい本をインターネットで購入することが多いのですが、こうして目的もなく、店内を見て回れるのはいいですね。先入観がないからすべてを平等に見られる気がします。もちろん、興味を引かれるものがあれば手に取って、ページをめくってみますよ。普段は目にしないジャンルに慣れ親しむには、いい機会でした。
ちなみにその日、私はクロスワードの雑誌を買いました。知人が入院しているので、時間つぶしにちょうどいいと思ったのです。ぬりえと迷ったんですけれども、そちらは色鉛筆も必要ですから。それよりは、鉛筆一本で楽しめて、お見舞客と一緒になってクイズを解けるパズルの方が、きっといいと判断しました。
それにしても、パズル雑誌もたくさん種類があるのですね。どれにもたいてい、答えを書いて応募する懸賞がついていましたが、あの一冊分を一か月でクリアするのだとしたら、とても大変だと思います。それとも、欲しいものがあるページだけ先にチャレンジしてしまうのかしら。最近はインターネットで何でも調べられるので、難しい問題も、検索すればすぐに答えが見つけられるでしょうね。まったく、便利な世の中になったものです。

自分で見つける楽しみの種

自分で見つける楽しみの種

先日、お菓子のパッケージがとてもかわいかったので、切り抜いてしおりを作りました。ちなみに包み紙は、ブックカバーにしましたよ。その前は、百円均一で買ってきたケースにシールをはって、オリジナルの通帳ケースにしました。自宅から持ち出すものではないので、自分が素敵だと思えればそれが一番と、チャレンジしてみたのです。
これらはどちらも特別にお金もかけていませんし、高い技術を使ってもいません。人に見せるには、ちょっと貧乏っぽさすら感じます。でもこうやってお気に入りのものが増えていくのは、私にとって大きな喜びなんです。大好きな本に素敵なカバーをかけて持ち歩くことができれば、たとえ病院の待ち時間が長くても、電車での移動時間に腰が痛くなっても、不機嫌にならずにすみますものね。
残念ながら日々の生活は、楽しいことばかりは起きません。でも逆に言えば、だからこそ嬉しいことが起こった時に、それを特別と感じられ、心がときめくのでしょう。これはかつて、ついてない日が続いた時に、母が教えてくれたことでした。そうやって母は、長い人生を乗り越えてきたのでしょうね。私も友人に、同じようなことが言えたらいいのにと思いつつ、まだまだ、自分の人生を楽しくするので精一杯です。

スピード文化の源にあるもの

スピード文化の源にあるもの

近所の書店で見つけられなかった本をネットで頼んだら、その日のうちに発送完了メールが届いて、驚きました。そのくらいのスピードで注文をこなしていかないと、どんどん仕事がたまってしまうのかもしれませんが、それにしても早すぎですよね。びっくりです。それと同時に、どんなに効率的な仕組みで作業をしているのか、とても気になりました。やっぱり、注文を受ける人、商品をピックアップする人、そして発送業務をする人と、流れ作業なのかしら。それとも一人が全部責任もってするのでしょうか。
そこまで書いてふと、子供時代に学校で、なにかの冊子を作った時のことを思いだしました。ページ順になるように並べた印刷物を、順番に重ねていって、最後に表紙を付けてホッチキスで止めるのです。あれは何人かで、ぐるぐる巡るようにしてやりましたね。ただ、一冊に手をかける人は一人。それでもそんなに時間がかからずできました。
結局大事なのは、頭数なのかもしれません。……ということはきっと、広いところでたくさんの人が、それぞれの仕事に責任もって、取り組んでいるのでしょう。それをしっかり統制している日本の管理能力と、スピード文化はすごい、としか言いようがありません。

オフラインの重要性

オフラインの重要性

先日、パソコンでオンライン小説を読んでいたときのことです。それまで特に問題はなかったのに突然、インターネットにつながらなくなってしまいました。いろいろな設定を見直しても、障害情報を検索しても、原因と思えるものは見つかりません。夜中だったので、詳しい人に尋ねることもできず、結局オンライン小説は読めずじまい。もやもやとした気持ちのまま、眠りにつきました。
ごくまれにではあっても、このようなことがあると、ダウンロードしてオフラインで読める電子書籍や、紙の書籍がいかに扱いやすいものか、よくわかります。だってあのときは、パソコンが壊れているかもしれないという不安よりも「はやく続きを読みたい」という気持ちの方が大きかったですもの。とりあえず読み終えて、それから機械の不調をチェックするのだって、私には問題はなかったのです。
結局、翌日になったら直っていたので、原因はわからずじまいです。でもそんなことよりも、またオンライン小説を読めるようになったのが、とても嬉しかったですね。もっと機会に詳しくなるか、万が一の時に備えて別の読書手段も手に入れておくかしないと、精神衛生的に良くないことになるかもしれません。頑張って方法を探したいと思います。

知人の雑誌の多大な影響

知人の雑誌の多大な影響

長く住んでいたとしても、地元のことを案外知らない人は多いと思います。身近にあるものは新鮮味がありませんから、特別意識しないのです。毎日昇ってくる太陽に、毎日感謝をしている人はあまりいませんよね。そういうものです。
しかし私は、一冊の雑誌をきっかけに、自分が住んでいるところのことを、もっとしらなくてはいけないと思うようになりました。それは、観光地や人気のお店について書かれた、言ってしまえばただの観光案内です。でも私は、それを作っている方を知っています。その人は毎日あちこちと取材に出掛けて原稿を書きながら、家事も育児もしっかりこなしているのですよ。なんて精力的なのでしょう。本当に尊敬します。そんな知人がが一生懸命作った本だから、熱心に調べている事柄だから、私も知りたくなったのです。
これは、作り手の人間性にほれ込むと、こうなるんだよという代表的なパターンだと思います。知り合いだから応援するなんて、生ぬるいという方もいるかも知れませんが、世の中は人情もとても大事なもの。それに私は、彼女にもっともっと、大きな仕事をして欲しいのです。頑張っている人の背中は、思いっきり押してあげたいし、できることはしてあげたい。いつもそう思っています。

睡魔と戦う時と場合

睡魔と戦う時と場合

自宅で仕事をしている友達は、食後などの眠くて仕方ないときは、本を音読するのだと言っていました。眠気を覚ますだけなので、内容はなんでもいいのですって。その話を聞いた時は、声を出すことにそんな効果があるのか、と思いましたね。しかしやってみると、確かにだんだん頭がクリアになっていくのですよ。つらつらと目で文字を追っていると、どうしても読み飛ばしてしまったり、ぼんやりしてしまったりするけれど、音読ならばそれはありません。
ほかには、以前雑誌で読んだのですが、筋トレをするのもいいそうです。とにかく動かないでいるのがいけないので、ちょっとストレッチをしたり、スクワットをしたりするだけでも十分なのですって。ただ私の場合はつい夢中になって頑張りすぎてしまい、疲れて昼寝をしてしまったことがありました。何事も、やりすぎはいけないということですね。
ただ、私の大好きな作家さん曰く、眠いのが夜だった場合は、眠気を我慢してまで物事に取り組むよりは、さっさと布団に入って翌日に作業したほうが、いい結果が出るとのことでした。眠気は脳の動きを鈍らせますからね。その日のスケジュールと時刻によって、チャレンジする方法を変えるのが良さそうです。

読書との距離感

読書との距離感

学生時代は当然のことながら、毎日学校に行って教科書を開いていました。しかし大人になった今、毎日あんなに真剣に本のページをめくっているかというと、必ずしもそうではないのですよね。インターネットで文章を読んだり、新聞に目を通したりするときも「この内容を覚えなくちゃ」「今度テストに出るかもしれない」などという緊張感はありません。
もちろん、資格試験の勉強などをしている人は、この限りではないでしょう。試験日程に間に合うようにテキストを読み込み、学生の頃のようにノートにペンを走らせているはずです。ただそれは、多くの大人にとってあたりまえではない、努力が必要な状況になってしまっているのではないでしょうか。
そう気づいた時、私は「ちょっと寂しいな」と思いました。学ぶ意欲がないとか、そういうことを言っているわけではよ。それほどの情熱を持って読書をしなくなった自分が、それがあるべき姿だとしても、もったいないと感じたのです。友達のように後に書評でも書けば、本腰入れて読むようになるのかしら。小説やコミックスなど、心を癒す娯楽の読書も素晴らしいけれど、たまにはハードルの高いものに手を出してみることも、いいかもしれません。

本命は読むことと食べること

本命は読むことと食べること

どこに行くにも文庫本を手放さない友人がいます。しかしその子は本が宝物と言いつつも、後生大事にしてはいません。ページはあちこち折れているし、表紙のカバーがないものもあります。でもこれは「ボロボロになるくらい持ち歩いた証拠」なのですって。確かに、鞄の中に入れておくと、気付かない間に曲がってしまったりすることがありますからね。
それならブックカバーをつければいいのに、なんてまっとうなアドバイスは、彼女には無駄ですよ。私が以前その文言を言ったとき、彼女は「だって面倒なんだもの」と笑いました。どんどん読んでしまうから付け替えるのも大変だし、読み途中があったとしても、違う作品に惹かれることもある。だから余計なものをつける手間は省きたいのだそうです。
これは料理好きの別の友達と同じ意見だ、と思いましたね。この子は美味しいものが大好きで味覚も優秀、料理もとても上手いのですが、なにせ早く食べたいものだから、盛りつけがかなり大雑把なのです。「食べることに最大の労力を使いたい」と言っていたあたり、読書好きな彼女とそっくりでしょう。どちらもちょっと個性的だけど、それほど大事なものがあるのは、素晴らしいことだと思います。