Category Archives: 身近なメモ

インタビュー記事から知った女優の凄み

インタビュー記事から知った女優の凄み

今から数ヶ月前のこと、小説を原作にした映画を観ました。小説はまだ読んだことはなかったのですがとても面白そうな作品だったため鑑賞することにしました。悪事に手を染めた仕事をする人々のことを描いた物語でしたが、ブラックユーモアたっぷりに描かれていたので面白かったことを覚えています。何よりも主人公の女性が「罪を犯している」と分かっていながらも、頭の回転の良さや立ち持前の器用さで男性を虜にしてゆくところが魅力的でした。この職業は結婚詐欺よりもたちが悪く、老人を狙いお金を巻き上げて死に至らしめるという何とも残酷な仕事なのです。そんな生業に身を置きながらも生き生きと素敵な表情で仕事をする姿から「ヒロインはこの仕事がまさに天職なのだろう」と感じました。
鑑賞してから時間が経った昨日の晩、映画のヒロインを演じた女優のインタビュー記事を見つけました。鑑賞した作品についての記事だったため、映画のことを思い出しながら興味深く読ませていただきました。兼ねてからファンでもある女優でもあり、このインタビューに会えて本当に嬉しかったです。また記事には撮影で苦労したこと、最も山場となったシーンでのエピソードなども披露されていて、完成するまでの逸話を知ることができました。そして作品の中で魅力的かつチャーミングにすこぶる悪い人を演じることができた心のうちを明かされていたのを読んだ時に「女優はすごい」と思ったのでした。その役になり切ることで観る者の心を魅了することは、誰しもが出来ることではありません。これからも末永くこの方のファンでいようと思っております。

文語表現も歴史を示す?

文語表現も歴史を示す?

テレビで俳優さんが、出身地の方言で話しているのを聞いた時、ふと、方言で書かれた本はあるのかしら、と思いました。登場人物の話し言葉ではなく、地の文のことですよ。多くの人に理解してもらうためには、標準語的な書き言葉の方がいいから、やっぱりないのかしら。実際、口語と文語はイメージも違いますものね。喋るままを文字にしたら、読みにくいのかもしれません。
そういえば、外国語の場合は書く時と話す時の文法や言い回しに、違いがあるのでしょうか。たしかどこかの国では、年代によって省略文字が違って、日本で言う古語みたいな感じになっているものがある、というのは聞いたことがある気がしますが……なにぶん歴史にも他言語にも疎いので、詳しくはわかりません。
ただそう考えると、書籍の内容のみならず、書き方も重要な資料になるのですね。今印刷されている本も、何百年後かには歴史資料になるのかしら。それとも今は映像文化も発達しているから、それを見ればいいということで、たいして重要視されないとか……。さすがにあと何百年生きるのは無理なので知るすべはありませんが、考えるとかなり面白そうですね。子供や孫、もっと先の子孫が生きる世界は、どうなっているんでしょう。

しおりの購入はいつもの店で

しおりの購入はいつもの店で

先日、新しいしおりを買ってきました。たぶん、厚い紙に千代紙を貼りつけて、紐をつけただけと思えるシンプル設計なのですが、厚さもサイズも使い勝手がよく、とても便利なのですよ。これなら私もつくれるのではないかと思い、チャレンジしたこともあったのですけれどね……これほど美しい仕上がりにはなりませんでした。本当にこれが三枚百円でいいのかしらと思いつつ、うっかり本に挟んだまま、しまい込んでしまっても後悔しない価格なので、助かっています。
以前はブックチャームを使ったりもしていたのですよ。しかし紐だとページに挟むときに、丁寧に伸ばさなくてはいけないのが手間だと感じてしまいます。棒状になっているものだと、本に開き癖がついてしまうような気がするし……ということで、私にとってはやっぱり、古くからある硬いタイプが便利なのでした。もちろんこれは、私にとってという意味です。どんなものでも、使い勝手や好みは個人差がありますからね。
お気に入りのブックカバーとしおりを使って読書をすると、とても満たされた気持ちがするのですよ。だからこそ、私はいつものお店で慣れて品質の物を購入しています。柄だけは、新しいのがいいですね。こだわりといえば、格好いいかしら。

強制的新ジャンル開拓法

強制的新ジャンル開拓法

先日、新ジャンル開拓のため、友人と本の交換をしました。一押し……というわけではなく「これは相手が知らないだろう」という作品を選んでのことです。私のところにやってきたのは、怪奇やホラー、サスペンスなど。友人のもとへいったのは、ファンタジーや歴史もの。お互いに読まず嫌いをしていたものですね。「うわ、きてしまった……」と思ったのですが、実はこの企画、事前にルールを決めていたのです。それは「一月後に、本の感想を言いあう」というもの。要は、読まなければいけない状況を、自分達で作り出したのですね。
罰則などはありませんが、約束は守らねばなりません。私は渋々、恐ろしい表紙の漫画を手に取りました。友達は「それでもマイルドな方だよ」と言っていましたが……これは、夜にはとても読めないよ、という内容です。でも明るい中で見る分には、結構面白いと思いました。怖いだけではなく、人間の精神の本質について描かれていたからです。喜怒哀楽が、ようはその根幹なのでしょう。
自分で買うにはハードルが高いですが、案外読めるということに気付けたので、今回のトレードは私にとっては、成功だったと思いました。友人はなんて言ってくるかしら。約束の日が楽しみです。

開かれない百科事典

開かれない百科事典

かつての祖父の書斎には、古い百科事典が並んでいます。今ならばたいていのことはインターネットで調べられますから、これほど分厚く幅をとるものは、家庭には必要ないでしょうね。正直に言えば、私もそれを開いたことはありません。なにせ子供の頃は入室を禁じられていましたし、今となっては、埃の積もった本を手にするだけの勇気がないからです。
しかし祖父にとっては、宝物だったのでしょうね。「何回も引っ越しをしたけれど、あんなかさばるものをずっと持って動いていた」と祖母が言っていました。ちなみに娘である母は子供の頃、わからないことがあると、その事典を使って調べたこともあるそうです。ただ、ひとりで読むことは許されず、必ず大人の目の届く範囲で、ということが使用条件だったのだとか。落書きでもされると思っていたのかしら。それとも子供向けではないから、ひとりで内容を理解するのは無理だと思ったのかもしれません。
今、自身が愛した書斎がただの物置となっていると知ったら、祖父は悲しむだろうなあと思います。ただその物置は、親戚の子にとってはよい遊び場の様子。いつかその子らが、あの百科事典を開くときが来たりして。会ったこともないおじいちゃんの想いが、彼らに通じたら素敵だなと思います。

好きな人が愛した時代

好きな人が愛した時代

先日、大好きな漫画家さんのブログを発見しました。過去の記事を遡って読んでいたら、その中に『参考資料』という記事を見つけたんです。さすが、いろいろな本を読んでいますよね。その中には私が持っているものもあり、「あの人と同じものを読んでいるのか」と思うと、とてもどきどきしました。
昔から、好きな人が興味を持っているものは、試してみるタイプです。それで食べず嫌いだった食べ物のおいしさに気付いたり、苦手だと思いこんでいたジャンルの書籍を手に取ったこともあるんですよ。子供時代には母親に「お母さんの言うことより、好きな作家さんの言葉を信じるんだから」などとよく言われたものです。
最近影響を受けたのは、自分が生まれる前の音楽を聞くようになったことでしょうか。新しいものを追うだけでも忙しい今、古い作品はよほどのことがないと、手を出しませんからね。でももちろん、過去の作品の中にも、素敵なものはたくさんあります。それは音楽に限らず、本でも同じことですよ。今は昔のものも電子配信で簡単に手に入るので、とても便利な世の中だなあと思いますね。若い子も、過去にさかのぼりやすいでしょう。これで新しいファンが増えれば、クリエーターの方もきっと嬉しいのではないでしょうか。

知識を広げる段階的方法

知識を広げる段階的方法

友人が、雑誌のモニターを始めたそうです。時々メールで送られてくるアンケートに答えると、抽選で何かが当たったりするのだとか。ちょっとの手間だし気分転換にもなるし、おもしろいよ、と言っていました。私も昔、同じようなモニターをしたことがありますが、たしかに、自分がいつも考えないようなことを意識するきっかけになったりもするので、とても有意義ですよね。
メールも含め、雑誌や新聞といった『意図せず話題がと瓶こんでくるもの』というのは、これまで凝り固まっていた自分に、刺激を与えてくれると思っています。インターネットは、検索次第で多くの情報を集められるけれど、逆に言えば、自ら探さなければならないということ。その点新聞や雑誌は、なんとなくページをめくっているだけでも、意外なタイトルが見られたりするからです。興味を持つきっかけには、適しているでしょう。
導入に使うもの、知識を深めていくために使うものとわけて考えれば、どちらも有意義に扱えそうです。なにか関心を持つようなことがあったら、次にインターネットで、最後は図書館にあるような書籍……この作戦が一番かもしれませんね。そのようにして、自分の知識の幅を広げていきたいと思っています。

書店特設コーナーに感じること

書店特設コーナーに感じること

コンビニエンスストアは、店舗が違っても、中の配置は似ていますよね。たいてい雑誌は入口近く、窓際に並んでいますが、これは外から見た時に「中にお客さんがいるんだぞ」ということを示すため、というのを聞いたことがあります。だから立ち読みしていても、厳しく注意されないのかもしれませんね。
それに対して、書店の本の並べ方は、場所によってまるで違います。新刊や売り出したいものが平積みになっているのは同じと思いきや、コーナーの作り方は特色がありますよね。私がよく行く本屋では、映画やドラマになった作品の原作やノベライズを並べる映像化コーナーが大きくとられています。しかし先日訪れたところではそのような場所はなく、代わりに一番目立つコーナーで、そのお店の売上ランキングが行われていました。これは人気や新刊にもつながるものもあるでしょう。
ポップで賑やかに飾っているところもあれば、漫画コーナーなどにテレビやパソコンをおいて、アニメを流しているところもあります。声が聞こえるとついそちらを見てしまいますから、昔から見るものではありますが、これはいい案だと思います。本屋さんも、お客さんの興味をひこうと必死なのだなあと感じました。

美味しくて楽しいお店屋さん

美味しくて楽しいお店屋さん

先日、親戚の子と一緒に、おもちゃのお金を作りました。絵本で読んだおみせやさんごっこをするために、必要だったからです。最近はなんでも買うことができる時代ではありますが、こうした手作りも楽しいですよね。四角く切った紙に絵を描いたものはお札、丸く切って、色を塗ったものがコインです。絵柄はその子の希望によって、可愛らしいうさぎとくまなので、見ているだけでほのぼのした気持ちになりました。
絵本の中ではおもちゃを売っていたのですが、今回一緒に販売したのは、おやつのために用意されていたクッキーです。お客さん役はパパとママ。もちろん、あとでみんなで一緒に食べたのですけれどね。クッキーを焼くところの演技から始まって、販売まで行って、おみせやさんのほかに、おままごとも混ざったような遊びは、とても楽しかったです。
絵本を読む時は案外、大人視点で見ているのですが、こうして実際に遊ぶと、子供時代に戻りますね。たまにはこうして、日頃の嫌なことを忘れて、無心に取り組むのもいいなと思いました。現実逃避ではないですよ。心の休憩、リフレッシュです。今度遊びに来る時は、その子が何に興味を持っているかわからないけれど、図書館ごっことかしてみたいです。

食のエッセイは、胃痛に効果あり?

食のエッセイは、胃痛に効果あり?

最近食べ過ぎが続いているなあ、気を付けなければいけないなあと思ってはいたのですが、やっぱりやってしまいましたね……胃痛です。看護師をしている友人に相談したところ、「食べ過ぎだとわかりきっているなら、ちょっと意を休めて様子を見たら」と言われたので、おかゆとうどんが主食の日々が続いています。まだ二日目ですが、だんだんお腹がすくようになってきたので、良い兆候でしょうか。
とりあえず、気持ちだけでも食べた気になろうということで、食べ物のエッセイを読んでいます。しかも、すぐには手が伸ばせないように、外国の話です。イタリアのピッツァにパスタ、イギリスの紅茶とケーキ、フランスのパンに焼き菓子、ドイツのブルストとビール。こうして文字を並べるだけでも美味しそうですが、描写が本当に、魅力的なのですよ。
これを読むと、蕩けたチーズを載せたピッツァや、香り豊かな琥珀色の紅茶、ほかほかと湯気を上げる焼きたてのパン、肉汁零れるブルストが、目の前にあるように感じられます。そのお蔭で、早く元気にならなくてはと、俄然前向きに、節食しようという気になるのですよ。エッセイ……いいえ、文章の力ってすごいですね。もちろん、書き手さんの食への情熱も、素晴らしいと思っています。