本はともに成長する兄弟

本はともに成長する兄弟

先日友達と「ライトノベルやコミックス、あるいは歴史小説は、どうしてあんなに長くシリーズが続くのか」について話し合いました。キャラが立っていて、登場人物それぞれの人生を描くから? それとも独特の世界観を語るには時間がかかるから? いいえ、人気があって、終わらせることができないのかも。意見はいくつか出ましたが、当然ながら、専門外の私たちに答えはわかりませんでした。
もしかしたら出版社と作家さんの間で、最初から「何巻までは続けましょう」という話があるのかもしれませんし「気付いたらいつの間にかこんなに壮大なストーリーになっていた」という方もあるのかもしれません。ただ話すうちにどんなジャンルにせよ、それだけ長く同じ作品を続けている作家さんは、それをライフワークとして掲げているのではないかと思いました。
お金を稼ぎ食べていくために必要だからというよりは、もちろんお金は大事だけど、ほかにも自分の楽しみを兼ねている、さらには待ち望むファンもいる、だからこそかき続けられている……この予想は大きく外れてはいないでしょう。お気に入りのライトノベルやコミックス、または歴史小説とともに、年を重ねて成長していく人も多いでしょうね。

読書との距離感

読書との距離感

学生時代は当然のことながら、毎日学校に行って教科書を開いていました。しかし大人になった今、毎日あんなに真剣に本のページをめくっているかというと、必ずしもそうではないのですよね。インターネットで文章を読んだり、新聞に目を通したりするときも「この内容を覚えなくちゃ」「今度テストに出るかもしれない」などという緊張感はありません。
もちろん、資格試験の勉強などをしている人は、この限りではないでしょう。試験日程に間に合うようにテキストを読み込み、学生の頃のようにノートにペンを走らせているはずです。ただそれは、多くの大人にとってあたりまえではない、努力が必要な状況になってしまっているのではないでしょうか。
そう気づいた時、私は「ちょっと寂しいな」と思いました。学ぶ意欲がないとか、そういうことを言っているわけではよ。それほどの情熱を持って読書をしなくなった自分が、それがあるべき姿だとしても、もったいないと感じたのです。友達のように後に書評でも書けば、本腰入れて読むようになるのかしら。小説やコミックスなど、心を癒す娯楽の読書も素晴らしいけれど、たまにはハードルの高いものに手を出してみることも、いいかもしれません。

本命は読むことと食べること

本命は読むことと食べること

どこに行くにも文庫本を手放さない友人がいます。しかしその子は本が宝物と言いつつも、後生大事にしてはいません。ページはあちこち折れているし、表紙のカバーがないものもあります。でもこれは「ボロボロになるくらい持ち歩いた証拠」なのですって。確かに、鞄の中に入れておくと、気付かない間に曲がってしまったりすることがありますからね。
それならブックカバーをつければいいのに、なんてまっとうなアドバイスは、彼女には無駄ですよ。私が以前その文言を言ったとき、彼女は「だって面倒なんだもの」と笑いました。どんどん読んでしまうから付け替えるのも大変だし、読み途中があったとしても、違う作品に惹かれることもある。だから余計なものをつける手間は省きたいのだそうです。
これは料理好きの別の友達と同じ意見だ、と思いましたね。この子は美味しいものが大好きで味覚も優秀、料理もとても上手いのですが、なにせ早く食べたいものだから、盛りつけがかなり大雑把なのです。「食べることに最大の労力を使いたい」と言っていたあたり、読書好きな彼女とそっくりでしょう。どちらもちょっと個性的だけど、それほど大事なものがあるのは、素晴らしいことだと思います。

本の仲介をする喫茶店

本の仲介をする喫茶店

この間初めて訪れた喫茶店に、壁一面の書棚がありました。中には乱雑に、文庫や漫画、写真集などが並んでいます。お店の方の趣味だと思った私は、ずいぶん興味の幅が広いなあと感心したのですが、一時間ほど店内にいるうちに、あれはお客さんが置いていくのだと気付きました。聞けば、もう読み飽きたものを自由に書棚に並べているのだそうです。
最近は読み終えた本を、古本屋に売る人も多いでしょう。そうすればたとえ額は少なくともお金になりますから、ぜひそうしたいという考えもわかります。ただこうして自分の本が循環していく流れを直接見られるのも、素晴らしいですよね。私は知らずに出掛けたので、あいにく置いていける物は持っていなかったのですが、次回はちゃんと、ここを目的地と定めてきたいと思いました。
ちなみに、置いた数と同じだけは持って帰ってもいいのですって。書籍の物々交換ですね。次行くときに、素敵なものがあるかしら。あれだけの中から選び放題だと思うと、今からウキウキしてしまいます。もちろん、店内にいる限りは、どれだけ読んでもいいのですよ。たっぷり読んで、そこから持ち帰るためのお気に入りを選ぶのが得策かなあという気がしています。

偉人に共通するたったひとつのこと

偉人に共通するたったひとつのこと

長く生きるうちには良いときもそうでないときもあり、どんなに好きなことであっても、最期まで続けるのは難しいことです。しかし逆に言えば、それでも続けていくことこそが、成功する秘訣なのでしょう。最近、多くの自伝や伝記を読み、一生をなぞったテレビ番組を見て、そう思いました。
子供の頃から偉人と呼ばれる方たちの話は読んでいましたが、そこまで深く考えたことはなかったのですよね。ただ「逆境に負けない姿がかっこいい」「私もこんなふうになりたい」と憧れていました。大人になった今、実際に目指す姿になれているとは言えないところが、ちょっと残念ではありますが……なにせ目標だったのが、歴史の教科書になるような方々なので、レベルが違いすぎたのでしょう。そう思って自分を励ましています。
それにしても最近は、子供用の伝記に取り上げられるメンバーの顔ぶれも、ずいぶん変わりましたね。簡潔に言えば、最近の方が増えている気がします。「え、もう本になっちゃうの?」と言うような、歴史上ではなくお名前を存じている方たちです。その話も、いずれは「昔はこんな人がいたのね」なんて思われるようになるのかしら。そう考えると、ちょっと不思議な気がします。

小さな演奏家の進歩

小さな演奏家の進歩

もうかなり昔のことですが、自宅を掃除していたら、楽譜がたくさん出てきました。学生時代の音楽の時間に使ったものです。当時の先生は教科書の曲だけではなく、いろいろなものを紹介してくれたのですよ。懐かしくて見ていると、遊びに来ていた親戚の子が「それちょうだい」と言いました。ピアノを習い始めたばかりだった彼女は、自分に弾ける弾けないに関わらず、楽譜自体に興味があったのです。どうせ自分ではどうするあてもありません。迷わずにプレゼントしました。
そして今、彼女はそのときの曲を、すべてマスターしているそうです。この間うちに寄ったときに、そう話してくれました。私がその子の家に遊びに行ったのだったら、聞かせてもらうこともできたのになあ。残念です。
いつだったか有名な指揮者さんのエッセイで、自分はどんなときにも譜面を手放さず、暇さえあると暗譜していたという文章を読んだことがあります。年下の親戚も、そんな状態だったのかしら。エッセイは多分、書棚を探せばあるはずだから、もう少し大きくなったら、お勧めしてみるのもいいかもしれません。今読むにはまだちょっと、漢字が多くて難しいでしょうからね。あの本は私に、音楽の偉大さと難しさを教えてくれました。

漫画が深める家族の絆

漫画が深める家族の絆

電子書籍で買ったコミックスの次の巻の購入を迷いながら、ふと、だいぶ昔に友人が話していたことを思い出しました。当時は学生で、お小遣いも今よりずっと限られていた私達。当月買うことができる本の数にも限界があり、私は毎月、その取捨選択に悩んでいました。しかし友人は、どんどん新刊を読んでいます。たしか自由になるお金は同じのはず、それなのになぜ……と思いきや。
「一巻を買ってリビングに放置しとくと、誰かが続きを買うんだよ」とのこと。家族みんなが漫画好きだから、一巻が気に入れば、他の誰かが続刊を集めるのですって。もちろん、友人がおねだりしたわけではないので「お前のために買ったんだぞ」と恩を着せられることもありません。ただ「また策略にはまった」とは言われるそうですけれどね。
彼女にはまだ小さな妹がいたので、後には買う側になっていたことを考えると、役割が巡り巡ることで、家族内のバランスもとれていたことでしょう。まったく羨ましい仲良し家族です。同じ話題があれば、話も弾むのではないでしょうか。ただこれは昔の話です。今は世帯も別れ、彼女は実家以外の人達と、別の仲良し家族を築いています。そこでも同じように、皆で同じ漫画を読んでいると思うと、やっぱり羨ましいです。

最高の時を残す写真というもの

最高の時を残す写真というもの

先日購入した本の背表紙が鮮やかな色だったので、書棚がいっきに華やかになりました。それを見るだけで、一年中春の気持ちになれそうです。春って、生き生きとした葉の緑や淡い桜の色が綺麗で、まるで新しい世界に生まれたかのように、とても幸せに感じられますよね。ただ四季のある我が国は、秋の紅葉も素敵だし、冬の雪景色や夏の広い空も見事というもの。季節の写真をおさめた写真集などが発売されているのも、納得できます。
私がそんな本を見たのは、偶然立ち寄った書店でした。いつもはたいてい小説のコーナーをチェックして満足して帰宅することが多いのですが、その時は時間があったので、店内をくまなく見て回っていたのです。平積みになった本の表紙を見つけた時、あまりの美しさ、鮮やかさに、心がときめきましたね。そしてページをめくり、実際にその場所に行ってみたくなりました。
ただ旅行をするには、それなりの時間とお金が必要です。それに天候によっては、期待通りの景色に出会えるとは限りません。もちろん、雨や雪だからこそ映える場所もあるのでしょうが……それだと外を歩くのは大変ですものね。だから、お手軽に最高の景色を楽しめる写真集は、素晴らしいと思います。

夢見るのは同じ時間

夢見るのは同じ時間

友達は長く買っている月刊誌を、毎月必要なところだけ切り取って、ファイルに綴じているそうです。今は雑誌も電子書籍で買えますし、漫画ならいずれはコミックスにもなりますから、それほどの手間を惜しまず続けているのは、すごいことだと思います。私だったらそのうちに飽きて、途中で雑誌が溜まってしまうのではないかしら。
先日そんなマメな友人の家に遊びに行ったのですが、本棚にずらりと並んだファイルは圧巻でした。もう何年こうしているのと聞いてみたら「学生時代からだから、結構長いね」ですって。ちなみにこうやって残しているのは、コミックスになると変わっているところもあるし、誌面にのったカラー表紙などを手放してしまうのが惜しいからだそうです。そこまでこだわるなんて、本当にその作品、もしくはその作家さんを愛しているんだなあと実感しました。これを知れば、作者さんもきっと嬉しいでしょうね。
彼は、いつかもっと年を取り、たくさんの自由な時間を得た時に、これを全部読み返すのが夢なのだそうです。私もそのために、本棚の奥にしまってあるシリーズがあります。選ぶ作品こそ違えど、読書好きの人が考えることは同じなのですね。思わず笑ってしまいました。

私がファンレターを書く理由

私がファンレターを書く理由

お気に入りのコミックスがアニメ化したり、映画になったり舞台になったり、最近……といってもここ何年かですが、嬉しいサプライズが多くて、頻繁にウキウキしています。未来に楽しみにしていることがあると、何事もやる気になれていいですよね。「あと何日頑張れば、あれが見れる」「あのためにしっかり働かなくちゃ」「あれに出掛けるから、綺麗にお洒落しよう」と、全てが楽しくなるので、本当に助かります。
そして、そんなに夢中になれる素晴らしい作品を作ってくださった作者には、もう感謝しかありません。私達読者ができることはコミックスやグッズを買ったり、ファンレターを書くことくらいですから、作品を見た後は必ず手紙を書くようにしています。昔は「私は字も上手くないし、文章書くのも緊張しちゃうからやめておこう」なんて思っていたのですけれどね、以前好きな作家さんが「読みました、の一言だけでも嬉しいです」っておっしゃっていたのですよ。その言葉に背中を押されました。
有名な作家さんでも、ファンとの交流をしている方はまれです。だから手紙がほとんど唯一の感想ツールなのかな、と思いました。だとしたらやっぱり、ファンとして頑張らねば。文字は読めれば大丈夫、と考えることにしています。