妄想はお手軽な娯楽

妄想はお手軽な娯楽

とある作家さんが、小説の書き方について「妄想を広げて書くのが一番」とおっしゃっていました。それならば、世の中のたいていの人は小説家になれるのでは、と思います。だって皆さん、自分の恋の行き先や将来、目の前の大切な人の日常などについて、想いをはせることがあるでしょう。実際私は、よくやります。何事も具体的に考えれば考えるほど、目的や目標が明確になり、そこに向かって行きやすいと思っているからです。
それはある意味、ゴルフにも似ていますよ。ピンがなければ、遠くから、ホールのある場所はわかりません。そうなれば、どんなに上手な人だって、どこにボールをうつべきか、途方に暮れてしまうでしょう。ピンがあるから目標を定められるのです。
だから私は想像が大好きですし、それはあっさりと広がって妄想になり、自身を楽しませるものになります。簡単でありがちなテーマを言えば「もしも宝くじが当たったら」などでしょうか。あれを買おう、これをしようと考えても、結果は取らぬ狸の皮算用……ということは、わかっているのですけれどね。それでも、いろいろ期待を膨らませている時間が楽しいのです。脳の一部をちょっと使って幸せになれるのだから、妄想はお手軽な娯楽とも言えます。

短編を選んで一冊の本になる?

短編を選んで一冊の本になる?

先日、電子書籍のみで販売されていた短編がいくつかまとまって、紙の本になりました。中のひとつはお気に入りで、ずっと、紙媒体になるのを待っていたんですよ。やっと発売されたこの本は、たくさんの作家さんの共著になっており、お得感も満載なので、出版を知ると同時にすぐ、注文してしまいました。
こういういろいろな方の作品集は、出版社が特別にセレクトしてくれたプレゼントだと思っています。だって、自分が今まで知らなかった方の話を読む、絶好の機会ですもの。長編だと「合わなかったらどうしよう」という不安もあるけれど、短ければ気軽にさらっと目を通せますからね。ただ、何作もあるうちのひとつしか好みではなかったということも、残念ながら過去にはあります。あの時はさすがに、さみしかったですね。
そこでふと思ったのですが、電子版の好きな短編を自分でいくつか選んで本にできたら、素敵ですよね。たとえるならば、ビッフェで食べたいものだけを食べるのと、同じ感覚です。今は一冊から印刷できるオンデマンド本などというのもありますから、素人考えではできそうな気はするけれど……やっぱり難しいかしら。パソコンで疲れた目を休めるために読書をしたいと思っている節もあるので、紙が恋しいのです。

動きたくなくなる椅子との出会い

動きたくなくなる椅子との出会い

先日、友人と遠出する機会があり、通り道に見かけた書店に立ち寄りました。広さはそれほどではなかったのですが、だからこそ隅々までしっかり見ることができたのがよかったですね。ただ狭くとも、歩きまわれば、疲れてしまうもの。私は未だ元気に見まわっている友人を横目に、備え付けの椅子に腰を下ろし……驚きました。書店でこんなに座り心地のいいものを置いていいのか、と思うくらいに、心地良かったのです。
すっぽりと体を包み込む柔らかさは、もう立ち上がるのが嫌になってしまうほどで、実際に友人が探しに来るまで、私はずっと動けませんでした。書店にこれがあるということは、お客さんはここに座って本を読むということでしょう。でも私だったら、買わずに読破してしまうのではないかしら。もうこの椅子が欲しいと思うほど、気に入ってしまいました。
またぜひ行ってみたいとは思うけれども、なにせ自宅から何時間もかかる場所にありますから、現実的に考えれば、もう二度と訪れることはないかもしれません。ちょっと残念ですが、いい思い出にはなりました。今度は、ぜひもっと近くに、居心地の良い場所を見つけたいものです。できれば素敵なソファがあるカフェなんかいいですね。

逃げ出したインコ

逃げ出したインコ

鳥好きの友人は、もう何年も、インコを飼っています。籠の中で動き回っている姿がとても愛らしく、見ていて微笑ましくはあるのですが、その子が先日、逃げ出しました。私が遊びに行った時のことです。子供が開けた出入り口を、ちょっと目を離したすきに、するりと通り抜けたインコは、室内を飛び回りました。こうなると、捕まえるのはかなり難しいのですよ。せめてもの救いは、部屋の窓が締まっていたことでしょうか。
リビングの食器棚の上に止まったり、テーブルを超えて、カーテンレールに移動したり……一番大騒ぎをした時が、書棚の中に入り込んでしまった時でしたね。なにせ相手は鳥なので、いつどこでフンをしてしまうかわからず、それが本についたら大変、と言うのです。たしかに、家具ならば、汚れてしまっても拭けばいいですけど、紙ではそうはいきません。
結局その子は、私が在宅している間は捕まえることができませんでした。このような小動物との追いかけっこをしたのは、親戚の子が連れてきたハムスターが逃げてしまった時以来です。あの時はたしか、ベッドの下に入り込んだのですよね。名前を呼んで餌で引き付け、人間もベッドの下にもぐり込みと、散々でした。今となっては、笑える思い出です。

美味しいジャムは安らぎの証

美味しいジャムは安らぎの証

鍋に木苺とたっぷりの砂糖を入れて、焦がさないようにぐつぐつ煮込むと、美味しいジャムができあがるそうです。ポイントは、一度にたくさん食べるわけではないので、健康とか気にせずに、思いきって砂糖を入れること。保存食という観点から見ても、これは重要なのですって。
私はこの作り方を、魔女が出てくる小説の中で知りました。本当にこんな簡単でいいのかしらと思っていたら、後日テレビでブルーベリージャムを作っている場面が、まさにこれとほとんど同じ。違っていたのはレモン汁を入れたことくらいです。疑っていたわけではないけれど、テレビを見たことで、小説のイメージも広がりましたね。ああ、またあの本を読みたくなってしまいました。今度、書棚を探してみることにしましょう。基本的に、今現在興味のあるものが前に出ているので、長く手にとっていないものは、発掘しないと出てこないのです。
その小説ではほかに、花の上にシーツをおいて、お日様の光をたっぷりあてて干すシーンもありました。私の想像では、イギリスの田園地方の雰囲気でしょうか。大きな湖と青々とした緑があり、自生している苺やブルーベリーがあって、季節によって、様々な花が咲き乱れる……まさに憧れの小説そのままなイメージです。

年始にほしい、本の福袋

年始にほしい、本の福袋

近所の書店で、書籍の福袋が売っていました。少々難ありなものが紙袋いっぱいに詰まって千円。安いですよね。ただその中身が、全部児童書だったのです。おそらくは子供達が立ち読みした際に、ちょっとカバーが破れてしまったとか、そういうのを入れてあるのでしょう。本は何でも読みますが、中身も対象年齢もわからない児童向けはさすがに、大人の私が買うには勇気がいります。だって千円あれば、他の大人向け小説が買えますもの。これが一般書籍だったらなあと思いつつ、読書好きの子供が買ってくれることを祈るばかりです。
そういえば大昔に一度、小説の福袋を買ったことがあるのを思いだしました。紙袋に入っていて中身がわからないようにしてある、中古本です。これが一冊三百円。面白がって何冊か購入して、普段はあまり読まなかった方の作品を読み、それからしばらくはその方のものを作家買いしていました。はまってしまったのです。
書店員の方が、一冊紙袋に入れただけだけれど、私にとってはまさに、出会いをもたらしてくれる『福』袋でした。お正月に、こうしたものを増やしてくれたら、年の始まりがもっと楽しくなるよなあと漠然と思います。服だって宝石だってあるのだから、本があってもいいですよね。

指の怪我と選択権

指の怪我と選択権

先日、友人がうっかり、親指の先をのこぎりで切ってしまったそうです。切ったのは皮一枚で大事には至らなかったそうなのですが、敏感な箇所なので、鈍痛が続いていたとのこと。何をするにも不便だったという彼女が、一番嫌だったのは、パソコン操作だったというからびっくりです。確かにブラインドタッチをするためには、どの指一本怪我しても大変ですけれど、他に何かあるでしょう?と思ってしまいました。
ただ、友人の話を聞いて納得しましたね。指に包帯がぐるぐるでろくなことはできないから、家事などは免除され、空いた時間をパソコンで読書しようと思ったけれど、ついいつも通りにキーボードを触りかけて「あ、だめだ」となる、というのです。たしかにそれでは不便だったでしょう。ちなみに「紙の書籍も持ちにくいから、読書自体がしんどい、スマホがいい」と言っていましたよ。確かにあれならば、怪我をしていないほうの手で持てば、なんとかなりそうな気はします。
しかし本を読みたいと思った時に、これだけの方法がすぐにあるなんて、今は本当に便利な世の中ですね。私も学生時代、授業で同じように親指を切ったことがありますが、あのときはどうしていたんだっけ……記憶が遠いです。

就寝前の幸福のために

就寝前の幸福のために

この間、夜中にプリンターのインクがなくなってしまいました。大好きなオンライン小説を、プリントアウトしていた時のことです。あと一ページ分なのに!と思いつつも、時間的に開いているお店はあるはずもなく。インターネットで購入しても、すぐには届きませんからね。諦めて就寝しました。
印刷するのは黒い文字の所なのに、他の色のインクがないからといって、止まってしまうプリンターの仕組みは、まったくもってわかりません。全てのインクを混ぜて使っているとはいうけれど、黒だけならば混ぜる必要が無いのではないでしょうか。……などと、愚痴っても仕方がないことですね。ちゃんと予備を用意しておくべきでした。
これは全部揃えてクリップで綴じて、いつでも手に取れるようにベッドの脇に置くのです。就寝前にパソコンの画面を見ると、ブルーライトで眠りが浅くなると聞いて、それならばよく読むものだけはこうしておこう、と決めたのでした。著作権云々の問題もあるでしょうが、自分で見るだけなら問題ないですよね。これで寝不足改善しつつ、素敵な作品を読むための時間もキープできるのですから、印刷の手間も、インクを買いに行かなければいけないことも、たいして手間ではないと思うことにしましょう。

自室を映画館にする方法

自室を映画館にする方法

先日年上の知り合いに、自宅を映画館にする方法を聞きました。特別な機材がなくても大丈夫と言うので、いったいどんな技術かと思いきや、彼女は一言「部屋を暗くすればいいんだよ」ですって。「あとはできれば、ヘッドフォンで音を聞くといいよ」とも付け加えられ、なるほど、と納得してしまいました。
暗い中で明るい画面を見ると、目にはあまり良くない気もしますが、たしかに映像はよく見えますよね。それにヘッドフォンなら大きな音で聞いても、周囲に迷惑がかかりません。耳元で聞こえる声は、臨場感を出してくれるでしょう。「あと必要なのは、キャラメル味のポップコーンね」と笑った彼女は、テーマパークで購入した入れ物に、実際にポップコーンを用意するらしいですよ。なんとも手間のかかったことをするものです。でも子供が一緒にいる場合は、それだけで大喜びになるのだとか。
今時のテレビは大きなサイズも多いですから、そこまでやれば、立派な自宅映画館になること間違いなしです。しかもわざわざDVDを借りてこなくても、テレビの放送をチェックして、見たい作品の放送日に合わせれば、余計なお金はかかりません。本当によく考えるなあと、その発想を尊敬してしまいました。

目が、欲しいと叫んでいるんです

目が、欲しいと叫んでいるんです

ふわふわのパンや、いいにおいを漂わせているお惣菜など、お腹がすいたときにスーパーマーケットに行くと、つい食べきれないほどの食材を買ってしまいますよね。口が食べたいのではなく、目が欲しがっているからです。同じ理由で、ダイエットをしている人がレシピ本を眺めるのは、とても危険なのですって。美味しい料理の写真を目にしたら、ぜったいに食べたくなってしまいますものね。気持ちはわかります。
こう考えると、平和な毎日も、案外誘惑に満ちているものです。食べ物のほかには、テレビのショッピング番組もいけません。「あと○個です!」と言われると、ちょっと欲しいかもしれないと思っていただけの商品を、どうしても今すぐ手に入れなくては、という気持ちになるからです。
他に危険なものは、私の場合は、書店の平積みですね。表紙が見えていると、背表紙だけを目にするよりも、かなり素敵に見えませんか。それで、特にほしいと思っていなかった本を表紙買い……よくあることです。気持ちは晴れ晴れしますが、お財布はすぐに寂しくなってしまいます。ただそれが、素晴らしい作家さんを知るきっかけになったりもするので、危険だけではないところが、ゲーム性があるといいますか、おもしろいところです。