旅行のお供に電子書籍を

旅行のお供に電子書籍を

電子書籍を見ることができるサイトはいくつもありますが、だからこそどこを使ったらいいのかわかりにくいですよね。そんなことを言っていたら、友達がおすすめを教えてくれました。さっそく見に行くと、カラフルかつわかりやすい画面に一目惚れ。しばらくはここを使ってみようと思います。
ちなみに彼女は、電子書籍リーダーも持っていて、それにはたくさんの作品を詰め込んでいるんですよ。いつも持ち歩いているので、どんな時にも読書は困らないのだと自慢げに教えてくれました。確かに、この間一緒に旅行に入った時も、私との話が一段落すると起動させていましたね。ちょっと漫画を読んで、また会話をしたりして。私は小説本を手にしていましたが、途中で読み終えてしまい、帰りはたいそう寂しい思いをしたものです。
そんなときでも、サイトに登録していれば、携帯で新しい本を読むこともできるのだと思うと、今更ながらうきうきしてきます。本当に便利な世の中になったものですね。ただこれ、サイトを誰かに見られたら、完全に趣味が露呈しますよね。パスワードだけはぜったい誰にもばれないようにしなくては。本棚を見られるのが照れくさいのと同じ感覚で、ちょっとだけ恥ずかしいんです。

知らないからこそ読めるもの

知らないからこそ読めるもの

先日、知人の娘さんがバレーを頑張っているのだという話を聞きました。こう書けばすぐに、バレーボールのことだとわかるでしょう。しかし実際は「それって踊るやつ?」「違う、ボール打つやつ」という会話がされています。発音が同じだからです。ちなみに別の知り合いの子供さんは、踊る方を楽しんでいるのだとか。こちらの場合は「リボンがね……」と言っていたので、すぐにバレエのことだとわかりました。
音が同じで書き文字が似ているというものはなかなかありませんが、ひらがなで書くと同じ表現なのに、違う意味を表すものは、わりとたくさんありますよね。たとえば橋と箸や、医師と意志などです。これは漢字を使えばいいですけれど、ひらがなだったら、文脈で判断するしかないでしょう。
このようなことがありますから、案外、児童書を読むのは大変なんですよね。いつだったか知り合いの子供が持っていた本を読ませてもらった時は、漢字が少なかったために難儀しました。あの時は、小さい子がすらすら読めるのは、漢字を知らないからなのだろうなと実感したものです。その子たちも、いつかは今の私と同じように感じるのでしょう。どうしてこんなに音の重なる言葉があるのか、調べてみたら、奥が深いのかもしれません。

不慣れな漢字は芸術の域

不慣れな漢字は芸術の域

先日、親戚一家と出かけた時のことです。そこにあったホワイトボードに、親戚の子供が嬉しそうに駆けていきました。「僕、自分の名前、漢字で書けるよ」と言うのです。彼は小学一年生なので、習っていない漢字を書けるということが、自慢だったのでしょう。周囲の大人が「書いてみて」と言うと、彼はマジックを手に持ち、背伸びをしながらボードいっぱいに、漢字を書きました。ただその書き順が面白かったのですよ。下から上、右から左と、正しいものとはまるで違います。私はそれを見た時、まるでアートだな、と感じました。
だって私達大人からしたら、線は上から下へ、左から右へと書くものです。それが文字というものだと、少なくとも私は思っています。しかし彼は、漢字の完成体のみを認識しているから、まるで絵をかくように、自由に描いていくのですよね。
他の大人は笑っていましたが、私にとっては目から鱗でしたし、その感性は素晴らしいと思いました。きっと、今後学校で習っていくうちに、こんなことはなくなっていくのでしょう。ただ心のどこかに、この自由な発想が残ってほしいとは思います。なんといっても、そう簡単にまねできることではありませんし、私は羨ましいと思いましたからね。

わからないことを調べる二種類の方法

わからないことを調べる二種類の方法

先日、最近の中高生はインターネット技術が高いという記事を読みました。私の場合はわからない事柄があったら検索サイトを使って情報を探しますが、学生はその他にSNSを当たったりもするらしいのです。それにより、今現在といった最新の話題が手に入るのですって。なるほど、と思いました。
しかし反面で、わからない物事を調べるのならば、まずは書籍を使うようにと書いているサイトもありました。インターネットでは検索した用語の情報が上から一覧で現れますが、書籍ならば関連した物事も見ることができるからです。確かに、偶然見たページに書かれていた文言から、芋づる的に知識が広がっていくことって多いのですよね。それこそ学生時代は、よく経験したものです。
私の場合は昔から紙で調べることに慣れているので、机の上には国語辞典を常備していますし、深く知りたいことがあれば図書館へ向かいます。古いものも高価なものも、今は遠方に保管されている書籍ですら容易に見ることができるので、本当にありがたいんですよ。ただ、ちょっとしたことならば、パソコンで探してしまいますね。やはり文明の機器インターネットと、昔からある本、どちらも同じように扱えるのが、一番いいとは思います。

ストレス社会を生き抜く術

ストレス社会を生き抜く術

最近ニュースサイトを見る機会が増えているのですが、健康に関する話題が多いですね。これを食べるといい、あれをするといいと、書いてあることを全部守ったら、それだけで一日が終わってしまいそうな勢いです。実はこれは、ストレス社会を生きる人に向けた情報ではないかと、私は思っています。書店でも健康を書いた雑誌を見るからです。
昔ならば病気とは思われていなかったものに病名がつき、しかし『気のせい』で片付けられる体調変化も増えています。肉体的には異常がないのに患者は症状を自覚しているというものですね。西洋医学ではなんともできなくとも、東洋医学、すなわち漢方や針治療ではどうにかなるというケースも多いといいます。
かく言う私もツボの本を愛用しています。ちょっと調子が悪いかなと思ったら病院にかかる前に、自分で対処してみるのです。病は気からというくらいのことでしたら、これですっかり良くなります。結局は『自分で治した』という思い込みが大事なのかなと考えたりもしますね。もちろん、私の場合ですよ。
記事に振り回されては困りますが、得て無駄な知識でもありません。ストレスが気になる方は、ネットの情報をクリックしてみてもいいのではないでしょうか。

趣味も知識も持ちつ持たれつ

趣味も知識も持ちつ持たれつ

世の中には流行りがあります。それは本の世界にもあって、そういうときはたいてい似たような内容の作品が出版されていることが多いですよね。その波にのることができれば、素敵なお話よりどりみどり。しかし最近の私は天邪鬼なのか、どうもそれに反抗してばかりです。ついに友人に「ニッチな方向進んでいるね」と言われてしまいました。その言葉の意味がわからず聞き返せば、少数派だと説明されて、そんなものかなと思っています。
何でも結局は、自分が夢中になれるかどうか、なのですよね。流れと反していても、周りに同じことを好んでくれる友人がいなくても、私は私の道を突き進みたいと考えてしまいます。もしかしたら、いつかそれが深い知識になって、誰かに頼られるかもしれません。そう考えればかなり貴重な経験を積んでいるわけです。
しかし皆が知っているものをまるで知らないのもどうかと思うので、知識のためにちょっとだけ齧りはします。入口だけ覗いておけば、あとは好きな人がたくさん教えてくれますからね。結局こういった趣味に関することも、持ちつ持たれつなのかもしれませんね。きっと、教えて教えられて長い時間をかけて、自分特化の道を確立していくのです。

たくさんの書類のしまい方

たくさんの書類のしまい方

我が家では書類をしまうためのボックスは、縦型と横型の両方を愛用しています。A4よりも高さがある物は縦のほうがいいし、引き出しにしまう場合やサイズが小さい場合は横の方が便利です。紙が多いので、マメに片付けないとぐちゃぐちゃになってしまうんですよね。面倒なことではありますが、必要な物なので放置するわけにはいきません。
以前は全部しっかりクリアファイルに入れていました。しかしいざ中身を交換するときに、中の紙を引きだしてまた入れるというのは相当手間です。そのため今はクリップで綴じてボックスに入れています。これならいらなくなったらざっくり手放すだけですからね。資料はどうせ傷むものと、綺麗に保管しようとするのを諦めたんです。
時々不思議に思うのですが、漫画家さんや作家さんなど、たくさんの紙に囲まれて生活している人達は、それらをどのように保存しているのでしょう。先日某漫画家さんは、編集部から送り返されてきた大量の原稿を、押し入れに片付けたと言っていました。一度本になっていることを考えれば必要ない気もしますが、やっぱりとっておくものなのですね。こういうのが死後何年とかして、お宝になるのでしょうか。時々文豪の直筆原稿発見とかいう記事を見るので、ふと思いました。

オリジナル文具で癒される

オリジナル文具で癒される

知り合いが万年筆のインクを作ったと言っていました。そんなことができるんですね。普段ボールペン愛用の私には知らない世界で、びっくりしました。別の子はノートやスマホカバーをデザインしているそうです。自分の気に入ったものが作れるって、とっても魅力的。ノートはぜひ試してみたいですね。そういうお店があるのか、それともインターネットでできるのかしら。ちょっと調べてみようと思います。
学生時代は新学年が始まる度に揃えていた文具も、大人になると使えればいいという感じになってしまいました。見た目よりも機能重視です。もちろんそれはそれでいいのですが、疲れてきたときなどはやっぱり、お気に入りのデザインものが癒されますよね。自宅だったらそのへんに置いてあるぬいぐるみやポストカードを見れば気持ちが和みますが、出先ではそうはいきません。気分転換も兼ねて、いろいろと探してみようかしら。いつも持ち歩いているのはボールペンとメモだから、それならいくらでも種類がありそうです。
そういえば先日書店で、文房具の本がありましたよ。表紙をちらっと見ただけなので中身はわかりませんが、あれにも素敵なものがたくさん載っていたんでしょうね。わりと文房具愛好家は多いようです。

病は気から、気持ちを若く保つ方法

病は気から、気持ちを若く保つ方法

先日母が友達と会話をしているのを聞きました。「最近○○の病院に通ってるの。××が悪くてね」「やっぱり年には勝てないよねえ。ああ、嫌だ」まるでがんと頭を叩かれたかのような衝撃。つい最近、同様の話を私も友達としたばかりなのです。
私と母は親子ですから、何十歳と年齢が離れています。それなのに話題が同じって……。体に不調が出るのは仕方がないとしても、こうやって気持ち的にも年をとっていくものなのかと思いました。せっかく年下の友達もたくさんいるのに、これではいけません。病は気からとも言いますし、なにか対策を練らなくては。
そんな私がとった方法は、十代のときに好きだった本を読み返すことでした。同級生と毎日くだらないことを話していたあの頃。今までの人生で一番感受性が豊かだったあの時期を思いだせば、若い気持ちを取り戻せるだろうと考えたのです。
結果は成功。懐かしの作品に浸り、ひとりでうきうきわくわくしています。友人にも「懐かしのあの話、いいよ」と勧めてみなくては。やはりこういうものは、皆で楽しむのがいいですからね。学生時代のようにわいわい騒いで、今の疲れは吹き飛ばしましょう。そしてまた、明日に向けて頑張るのです。

年齢とともに変わる嗜好

年齢とともに変わる嗜好

最近、母がりんご酢にはまっています。先日は牛乳と混ぜ、昨日は炭酸水と混ぜて飲んでいました。「美味しいよ」と言われたので一口味見をしてみたら、なんて酸っぱいこと!飲んだ瞬間、体がぶるっと震えてしまいました。
こんな私ですが、大人になって以降、酢の物が大好きです。子供の頃は酸味が駄目でしたが、年をとるとわりと平気になるものですね。変化を知ったきっかけは、食に関するエッセイでした。どうしてその本を手に取ったのか、今となっては覚えていません。知らない作家さんの作品でした。酒の肴のようなメニューについて、ひたすら語っているというもので、その中にタコの酢漬けがあったんです。それを見て、美味しそうだなって思ったんですよね。さっそく母にリクエストし、食べてみたら思った以上に美味でした。それ以来、お酢が好きになったんです。なんて単純なことでしょう。ちなみに同じパターンで、お蕎麦もウーロン茶も好きになりました。それとオクラも!子供時代の私、好き嫌い多すぎですよね。
大人になってわかる味もありますし、逆に苦手になるものもあります。揚げ物とか昔は毎日でもよかったのに、今は連日だとちょっと辛いですものね。年齢とともに変わる嗜好が変わるなんて、ちょっとだけ不思議です。